比の“最厳重警備”の刑務所、実は組織のボスの楽園

 このほどフィリピン国家捜査局と国家警察などが合同で、マニラ首都圏にある刑務所の抜き打ち検査を行ったところ、麻薬組織や強盗団のリーダーなどの収監者が、ホテルのように改装された部屋で、豪華な生活を送っている実態が明らかとなった。以前から刑務所内における一部収監者の特別待遇は問題となっていたが、アキノ大統領が目指す「汚職なければ貧困なし」のモットーとは裏腹に、壁の中でも経済格差を背景にした腐敗は広がる一方のようだ。(マニラ・福島純一)

空調完備、大型TVにサウナ

賄賂で刑務官を支配下に

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16日、マニラのニュー・ビリビッド刑務所で押収物を調べるフィリピン国家捜査局の捜査員(AFP=時事)

 抜き打ち検査が行われたのは、モンテンルパ市にあるニュー・ビリビッド刑務所で、ここには麻薬組織や強盗団のリーダーなど重要犯罪者が収監される「国内で最も警備が厳重な刑務所」として知られている。

 しかしその実態は、わずか40人ほどの刑務官に対し、2万人を超える収監者という慢性的な人員不足を抱えており、刑務所内の管理は収監者による自治組織に丸投げ状態だと言われている。この自治組織は刑務所内に複数存在し、犯罪組織のリーダーなど裕福な収監者を中心に組織され、刑務所内で違法薬物の密造や売買を行い、|莫大《ばくだい》な利益を得て刑務官を買収。彼らは塀の外と変わらない生活を送っている。

 今回の抜き打ち検査では、複数のエアコン完備の豪華な部屋が幾つも発見され、刑務官の黙認なしには持ち込めない大型テレビや、ジャグジー、サウナなどの備品も確認された。ほかにも最新の楽器が完備されたスタジオまで増築されている始末で、違法薬物や高級酒、さらに札束まで押収されるなど、犯罪者の更生施設とは名ばかりの実態が改めて浮き彫りとなった。

 これらの部屋ではインターネットや携帯電話まで使用可能であり、塀の外のメンバーと連絡を取り合い、服役しながら犯罪活動を指示していた可能性も指摘されている。デリマ司法長官は、国内における違法薬物取引の20%から50%を彼らが刑務所内で仕切っていたと分析している。

 ある強盗団リーダーの収監者は、刑務所内にプロのミュージシャンを招いてレコーディングやミュージックビデオの作成を行い、塀の中から歌手デビュー。音楽会社から新人賞を受け取るなど、矯正プログラムの一環との名目で刑務所当局を黙認させ、自由な服役生活を満喫していた。彼は刑務所内でもコンサートを行っており、デリマ司法長官は「まるで王様のような生活だ」と、その腐敗ぶりを批判した。

 さらに国家捜査局によると、豪華な部屋を隠すための隠蔽工作が行われた形跡もあり、抜き打ち検査の情報が収監者に漏れていた可能性が指摘されるなど、ほとんどの刑務官は、裕福な収監者に買収され支配下にあったとみられている。また収監者の部屋から押収された拳銃の持ち主が、政治家であることも判明しており、薬物取引など犯罪への関与が疑われるなど、刑務所内の闇は深まるばかりだ。

 実は一部収監者の特別待遇が明らかになったのは、今回が初めてではない。今年5月にも複数の収監者が病気治療の名目で外出許可を取り、病院の特別室で女性と密会していたことが明らかとなり、これに協力した12人の刑務官が解任されたばかりだ。しかしながら、このような特別待遇は、腐敗が横行するこの国において周知の事実となっており、国民にとって特に驚くようなことではないのが現実だ。

 大統領府の報道官は、ニュー・ビリビッド刑務所の現状を「受け入れられない」として刑務所改革を求めている。しかし、刑務官と収監者の癒着の根本には、公務員の貧困問題があるだけに、その改善は極めて難しいところだ。

 特別待遇が問題となっていた19人の収監者は、一時的に国家捜査局本部に移動させられ、隔離された収監施設が完成後に再び刑務所に戻される見通しだが、「しばらくすれば再び元に戻る」との懸念が早くも出始めている。