タイ、半年を迎える反政府運動
昨年10月31日に始まったタイの反政府デモは、間もなく半年を迎える。そもそも反政府デモはタクシン元首相の恩赦・帰国を可能とする恩赦法案成立を阻止するために始まったものだが、同法案を反故(ほご)にした後も、なお継続しインラック政権が下野するまでデモは続けるとしている。なお反政府デモによるバンコク都内の死者は半年間で、合計22人に上る。(池永達夫)
長引く政治的桎梏状況
王位継承問題も絡む?
「東南アジアのデトロイト」と呼ばれるほど、タイの自動車産業はバンコク近郊のアユタヤ工業団地などに集積しタイ経済を牽引(けんいん)してきた経緯がある。だが近年、インドネシアなどが急速に追い上げ、自動車製造基地としての地歩を脅かすようになった。
2億4000万人という東南アジア一の人口規模を誇るインドネシアの内需をバネに同国の自助努力もあるものの、タイの政治的不安定さに嫌気が差した大手自動車企業がタイリスクを考慮した結果でもある。
自動車は約2万点以上もの部品から成り、多くの部品工場が関連しその裾野は広い。自動車産業の経済波及効果は大きなものがあるゆえんだ。城の石垣のように積み上げてきたタイの自動車製造拠点としての地歩が危うくなってきた。他の産業も同様の状況にある。政治リスクを抱えたタイに海外からの投資は減少し、国内消費も落ち込んできているからだ。
さすがに反政府デモもここにきて、タイ経済への影響が深刻化している現状を考慮し、経済的打撃を抑える方向での政治闘争継続へ舵(かじ)を切り替えようとしている。
反政府デモのリーダーである民主党のステープ元副首相は今月上旬、都内のルンピニ公園で行われた反政府集会で、内務省と政府庁舎を除く官公庁の封鎖を解除すると発表。現在、外国人ビジネスマンや駐在員らが、しばしば訪問する工業省や労働省、商業省は政治的妨害を受けることなく通常業務が行われるようになった。
ただ一方で、ステープ元副首相が政府職員の支持を取り付けようと、政府機関を訪れ事務次官など高級官僚などと会談し協力するよう要請している。これにいら立った政府は17日、公務中に反政府運動家と会わないことなどを政府職員に徹底させるため、各省事務次官などを集めた対策会議を行った。なお同会議に保健省のナロン事務次官は欠席し、法務省のキティポン事務次官は出席したものの、出席者名簿への署名を拒否している。両人とも反政府運動の支持者、もしくは協力者とされる。
さらに反政府運動家たちは現政権崩壊を狙って、国営企業に協力を求める方針を打ち出した。ステープ元副首相は16日、国営企業の労組代表とこの作戦の詳細を詰めた。反政府運動側の見立てによると、国営企業はタクシン派に取り込まれておらず、支持と協力が得られれば、政権を崩壊に導く大きな力になると読んでいる。
また、現在の政治危機を打開するため退役軍人や元官僚グループは14日、プレム枢密院議長の介入を求めた。具体的にはプレム議長が司法や軍などと協議して政治危機打開案を作成し、プミポン国王の判断を仰いだ上で政治的解決を図ってはどうかと提言した。
これに対し政権党のタイ貢献党法律専門家チームのメンバーであるパナット氏は、「同議長にそのような役割を担わせることは憲法に規定がなく、同議長の介入はクーデターに等しい」と猛反発している。
なお泥沼状態のタイ政治状況の真因は、王室の継承問題が絡んでいると深読みするタイウオッチャーもいる。
プミポン国王の跡継ぎは、ワチラロンコン皇太子に自動的に決定するわけではない。最終的にはプミポン国王自身の指名次第で、皇太子以外の皇室出身者が継承するケースがあり得るのだ。
そもそもいろいろ問題を抱えるワチラロンコン皇太子のタイ国民の人気は高くない。国民的人気からすると、むしろ英明な次女のシリントン王女の方が高いのが事実だ。さらにプミポン国王自身もシリントン王女を買っている節がある。
プミポン国王は1男3女をもうけているが、女性は結婚すると王位継承権がなくなる。長女は米国人と結婚し離婚、三女はタイ空軍中尉と結婚している。シリントン王女は独身だ。結局、国王継承者は長男のワチラロンコン皇太子か次女のシリントン王女となるが、これに絡んだ政治闘争が現在の政治的混迷を生んでいるという見立てだ。この見立てが真実なら、タイの政治的桎梏(しっこく)状況は長引くと覚悟しなくてはならない。