立法院占拠、馬政権に打撃 台湾の世論は学生側の要求支持

香港民主化へ連動 警戒強める中国当局

 台湾が中国と結んだ「サービス貿易協定」に反対する台湾の学生らが立法院(国会に相当)議場を占拠し続けている問題が長期化している。3月30日には総統府前で学生支援の大規模デモが行われた一方、4月1日には有力暴力団が学生排除のデモを行って緊迫。同協定の承認を目指す馬英九政権にとって大きな痛手となっており、台湾の学生運動は2017年の普通選挙完全実施を求める香港民主派にも活力を与え、中国当局は警戒している。(香港・深川耕治)

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3月30日午後、台北市内の台湾総統府周辺の道路を埋めた抗議集会の参加者(時事)

 「弱小産業の切り捨てをやめよ」「協定反対」「民主主義を守り抜け」――。

 3月30日、立法院議場を占拠した学生らが台湾全土に呼び掛けた大規模抗議デモで、台北の総統府前には黒いシャツを着た警察発表11万人6000人(主催者発表50万人超)のデモ参加者たちが、抗議運動の象徴であるヒマワリの花を持ちながら声を張り上げた。

 学生運動を主導する「ヒマワリ学生運動」(太陽花学運)のリーダー、台湾大学大学院生の林飛帆氏(25)は08年11月、学生団体「野イチゴ学生運動」(野草苺学運)が馬政権発足直後の対中政策に抗議した際、横の結束が図れずに解散した苦い経験を元に、政府に対して中台の協定を監視する新法制定下での再審議を要求し、立法院の占拠継続を表明した。

 馬総統は繰り返し、協定撤回を拒否しつつ、協定監視の法制化を支持し、学生との無条件の直接対話を呼び掛けているが、学生らは「受け入れ内容が不十分だ」と主張し、両者の溝は埋まりそうにない。

 立法院議場占拠による混乱の原因は、馬英九政権の対中政策にある。中国との関係融和を重視する馬政権は08年の発足後、中国との経済交流を深めて景気浮揚を目指してきたが、中国への経済依存が強まるほど政経両面での中国支配が拡大して中国主導の中台統一工作にのみ込まれるとの不安が台湾内部で高まっているからだ。

 学生らが反対している中台サービス貿易協定は台湾と中国が相互にサービス産業の企業に市場参入を認める協定で、10年9月に発効した中台間の事実上の自由貿易協定(FTA)に当たる「経済協力枠組み協定(ECFA)」の柱の一つ。運輸、建設、医療、印刷、金融、娯楽など台湾側が64項目、中国側が台湾側の要望に妥協して80項目まで広げ、昨年6月に双方の窓口機関が調印し、台湾では立法院での承認手続きに入っている段階だった。

 調印された同協定は当初、事前に内容が非公開で、「黒箱(ブラックボックス)」との批判を浴びた。台湾の中小サービス企業が中国の巨大市場にのみ込まれるとの懸念の声を払拭できないまま、審議せず、発効手続きを一方的に進める与党・国民党の手法に学生団体の不満と反発が爆発した形だ。

 馬政権としては同協定が破棄に追い込まれれば、中台関係の冷却化だけでなく、台湾が目指す環太平洋経済連携協定(TPP)加入にも悪影響を与えかねないという閉塞感と危機感がある。

 学生リーダーの林氏らは3月18日、立法院議場を占拠し、国会の審議はストップ。学生団体の中でも穏健派である本人の意図とは別に、23日、急進派の学生たちが行政院(内閣)敷地内に乱入。145人が負傷、37人が逮捕された。対応をめぐり、与野党の足並みもそろわず、台湾全土を巻き込み始め、近年でもまれに見る激しい対立に発展している。

 27日、李登輝元総統も「政府・指導者は学生や庶民の意見に耳を傾けよ。警察権力で学生を排除する光景は見るに堪えない」と涙ながらに訴え、学生らが提案した「全民憲政会議」の設立を評価した。

 4月1日には有力暴力団の精神的ボスで「白狼」と呼ばれる中華統一促進党の張安楽総裁が「2000人を動員して立法院議場に突入する」と宣言し、学生排除のデモを行って緊迫。4時間近くにらみ合いになり、台湾内では学生側に同情する支持者が拡大する結果となっている。3日、行政院は同協定を監視する法案をまとめ、学生たちの要求に折れ始めた。

 台湾のシンクタンク「新台湾国策智庫」が3月中に行った最新世論調査結果によると、サービス貿易協定について、交渉やり直しを「支持する」が66・2%、事前に監督の法制整備を行うことを「支持する」が82・1%となっており、過半数が学生側の要求を支持している。

 この動きに神経をとがらせているのが中国当局だ。国務院(内閣)台湾事務弁公室は3月26日、「両岸(中台)の経済協力進展が妨害されることを誰もが望まない」と述べ、「学生の背後に(最大野党の)民進党がいる」「茶番だ」(中国紙「環球時報」)と論評。

 香港では台湾の大学生らが立法会議場を占拠した動きに民主派が鼓舞させられ、30日、警察発表では800人(主催者発表は1200人)が支援デモを行った。来年1月に香港中心部の中環(セントラル)地区を占拠して普通選挙の完全早期実現を求める「セントラル占拠行動」(発起人・戴耀廷氏)は7月1日に前倒し実施を検討し始めた。さらに、台湾の学生リーダー、林飛帆氏を香港に招いて占拠デモのノウハウを学ぶ計画を表明し、香港の民主化にも政治的影響力を与え始めている。

 今秋、北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)では、中国の習近平国家主席と馬英九総統の初の中台トップ会談の可能性も報じられているが、学生らが起こした台湾優先の決死的な抗議行動は、今年末の台湾地方都市選挙の動向にも影響し、中国共産党と国民党の政治的思惑をかき消す想定外の動きに発展しかねない。