国際河川メコン、渇水の危機
ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムなど流域4カ国で構成する国際機関メコン川委員会(MRC)は2月12日、「メコン川の水位が懸念されるレベルにまで低下している」と警告を発し、その原因を「中国雲南省の水力発電だ」と告発した。MRCが中国を名指しで批判したのは初めてのことだ。
(池永達夫)
上流域の中国がダム放水制限
「陸の南シナ海」として問題化
MRC本部は昔、タイのバンコクに置かれていたが、今ではラオスのビエンチャンとカンボジアのプノンペンが交代で本部機能を果たしている。ラオスもカンボジアも、中国からの巨額投資を受ける親中国家であり、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中では「中国の代理人」とされている国にもかかわらず、今回、中国を名指ししての告発となった。
メコン川の水位は昨年、50年来とされる低水位に陥った。今年はそれより一段と水位を下げている。
メコン川は流域人口6000万人の生活を支えるライフラインでもある。そのメコン川の水位低下が直撃するのは流通だ。ラオス・カンボジアでは食料運搬船の欠航が続いたことで、地域経済が停滞を余儀なくされている。
またベトナムでは海水の逆流で塩害が発生し、飲み水も不足し始めた。このため同地域で収穫されるココナツの中には、果汁が欠落しており、商品にならないものが多いと農民の不満が出ている。
さらにメコンナマズなど流域の魚獲量は、世界の淡水魚漁獲量の約15%を占める。これらは食料としてのタンパク源としてだけでなく、タイのナンプラーやベトナムのニョクマムなど魚醤(ぎょしょう)として流域住民の台所に欠かせない調味料になっている。
それが近年、メコン川水位の低下で大変な危機にさらされるようになっており、流域住民の台所を直撃している。
とりわけ懸念されるのが田園への影響だ。メコン川流域は世界最大級の穀倉地帯だ。水不足による農作物の不作は経済的打撃だけでなく、社会不安も招きかねない。
インドに次ぐ世界第2位のコメ輸出国ベトナムの生産量は4340万トン。その約半分はメコンデルタ地帯で実る。その豊穣(ほうじょう)のコメ生産地が干ばつの危機にさらされ、それと表裏の関係にある塩害発生でデルタ人口1600万人の生活が脅かされている。
普通、メコン川の水位低下は11~4月の乾季に一時的に発生していたものの、昨今の急激な水位低下は異常だ。中国は異常気象が原因だと弁明するが、気象要件以外にも問題がある。
中国がメコン川上流域に造った景洪ダムなど11基もの水力発電用ダムの放水制限がそれだ。一連のダムの総貯水量は470億立方メートル超に及ぶ。
さらに中国は、同地域にさらに10カ所のダム新設計画がある。手をこまねいたままだと、上流の水加減をコントロールできる中国が川全体を支配しかねない。
勝手な九段線を引くことで領有権を主張する南シナ海に続き、中国の新たな「覇権の網」でメコン川が「陸の南シナ海」になりつつある。
そもそも中国には国際河川の国際管理という、水の恵みを分かち合う「共有」の発想はない。あるのは上流域の地政学的メリットを政治力に変える力の発想だ。
中国がチベットの強権統治にこだわるのも、チベットがメコン川だけでなくインダス河、ガンジス河など国際河川の水源となっており、上流域の水量を管理することでインドや東南アジアなど周辺国を抑え込むカードにしようとの思惑があるからだ。
少なくとも中国にメコン川を任せれば、1995年に発足し地域開発を支援してきたMRCの形骸化につながりかねない。
中国の「我田引水」を許さず、ASEAN流域国が川の管理を自分たちの手に取り戻す必要がある。