中国の内モンゴル教育漢語化、徹底弾圧に強まる民族団結

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教科書からチンギスハンも抹殺

 中国・内モンゴル自治区で教育を中国語(漢語)中心に切り替える「新二言語教育」に「母語が奪われる」と反発する市民の抵抗が続いている。中国当局は弾圧をエスカレートさせているが、これがかえって民族意識を覚醒させ、世界各地のモンゴル族を団結へと導いている。(辻本奈緒子)

公務員10人以上 抗議の自殺
当局、数千人を逮捕・拘束

中国当局が防犯カメラの映像から公開した指名手配写真(南モンゴルクリルタイ提供)

中国当局が防犯カメラの映像から公開した指名手配写真(南モンゴルクリルタイ提供)

 内モンゴル自治区のモンゴル族の子供が通う小中学校で、9月から段階的に漢語中心の教育に変えるという情報に危機感を抱いた保護者らは、子供の登校を拒否。知らずに登校した子供は学校から逃走するなどの抵抗をしてきた。措置の撤回を求める署名運動が続き、地元教育庁へ陳情に訪れる市民もいた。

 当局は、これら抵抗する市民を次々と逮捕・拘束、その数は数千人単位とみられる。指名手配者については顔写真や氏名と年齢、身体的特徴を公開し、情報提供者に対する報奨金は1000人民元(約1万5500円)から2000人民元と引き上げている。9月5日までに東部の通遼市だけで142人が指名手配されていたが、現地の情報が入りづらくなったことで関係者も正確な数が分からない状況だという。

民族学校校長の死を知らされ、教室で涙を流す子供たちとされる映像(フェイスブックより)

民族学校校長の死を知らされ、教室で涙を流す子供たちとされる映像(フェイスブックより)

 児童・生徒には「登校しないと除籍する」といった通知を出し、子供を登校させない公務員は解雇、一般市民は融資を受けられないなどの措置を知らせた文書も出た。

 こうした中、漢語教育政策に抗議して教員や公務員など10人以上が自ら命を絶ったと伝えられる。最西部アルシャー盟の公務員の女性ソルナさんは「母語のために命を捧(ささ)げる」と言い残し投身自殺したと家族が証言しているが、当局は「うつ病のため」と発表している。モンゴル国との国境にあるエレンホト市の民族学校では、ウラーン校長が自死。9月13日ごろ、悲報を知らされ教室の中で悲しみに暮れて涙を流す児童らとされる画像や動画がネット上で拡散された。

中国語の上に書かれていたモンゴル語表記が消されたバス(フェイスブックより)

中国語の上に書かれていたモンゴル語表記が消されたバス(フェイスブックより)

 内モンゴルで中国政府の進める「新二言語教育」は中国語を国語とし、民族言語であるモンゴル語は外国語の扱いになる上、全教科を中国語での授業に切り替えるというものだが、変更は言語だけでなく内容にまで及んでいる。新しく児童・生徒に配布された歴史の教科書からはモンゴル帝国を築いた英雄・チンギスハンについての記述が削除され、モンゴル族としてのアイデンティティーまで抹殺しようという狙いが明らかだ。

 さらにモンゴル語は教育の場からだけでなく、街中からも消されようとしている。これまで漢語と併記されていたモンゴル語の表示が隠された公共のバスの映像がネット上で出回っている。

 エスカレートする弾圧に対し、モンゴル族の人々が続けている署名運動は、真ん中の抗議文を円形で囲むように署名、拇印(ぼいん)が押されている。これは運動の首謀者が特定されないための方法だという。

世界で抗議の声

モンゴル政府沈黙も市民抗議
民族文字への関心高まる

 漢語化強行と弾圧への抗議の動きはモンゴル国、欧米諸国、日本にも広がり、連日各地でデモなどが行われている。先月15日には、米国政府へのインターネットを通じた請願サイト“WE the PEOPLE”で「内モンゴルでの中国共産党による文化的ジェノサイドの停止」を求めた署名運動が1週間余りで10万人を達成したほか、米超党派の中国問題執行委員会(CECC)は翌16日付で、同政策に対する平和的抗議により拘束されたモンゴル族らの釈放を求めるとともに、米紙ロサンゼルス・タイムズ北京支局長が現地取材中に警察から拘束・暴行を受けたことを強く非難する内容の声明を発表した。

署名に拇印を押すモンゴル族の高齢者(南モンゴルクリルタイ提供)

署名に拇印を押すモンゴル族の高齢者(南モンゴルクリルタイ提供)

 一方、同民族の隣国、モンゴル国政府は同政策に関する公式の見解を出していない。9月半ば同国を訪問した中国の王毅外相とニャムツェレン・エンフタイワン外相との会談では「互いの国内問題に干渉しない」ことを確認したと報じられている。背景には中国から多額の経済的援助を受けている同国の立場があるが、政府の態度は市民のさらなる反発を呼んでいる。王毅外相の訪問に合わせ、首都ウランバートルの中心部では抗議活動も行われた。

 以前からSNSを通じてモンゴル語の保護を呼び掛けているツァヒア・エルベグドルジ前大統領は、駐モンゴル中国大使館を通じ習近平国家主席宛てに「各民族が自らの言語を使用し、発展させる権利」を定めた中国の憲法を遵守(じゅんしゅ)するよう求める手紙を24日付で提出したが、後日大使館から突き返されたことを自身のフェイスブックで明かしている。

 現在チベットやウイグル、そして内モンゴルで実施されている教育の漢語化政策は、中国国内の56民族が各々(おのおの)の言語を使用、発展させる権利を保障した憲法に違反するものと言えるが、内モンゴルの独立を目指す南モンゴルクリルタイのオルホノド・ダイチン幹事長は「中国の憲法は人に見せるためのものであるということをまず理解しなければならない」と指摘する。

漢語教育政策の撤回を求め円形に記されたモンゴル族による署名と拇印(南モンゴルクリルタイ提供)

漢語教育政策の撤回を求め円形に記されたモンゴル族による署名と拇印(南モンゴルクリルタイ提供)

 しかし、中国政府によるこうした強硬策がかえって世界中のモンゴル民族の団結を促している。これまでモンゴル国民の内モンゴルの人々に対する感情は良いものではなく、公用語としてキリル文字が使用されているため、伝統的モンゴル文字をすらすらと読み書きできる人は多くない。

 モンゴル国政府が2025年から公文書にモンゴル文字を併記する計画を採決したのは今年3月のことだが、内モンゴルでの漢語化政策が表面化して以降、モンゴル文字の使用や保護に対する意識が市民の間で高まっている。中国当局の漢語化強行は、これまで結束の機会があまりなかった内モンゴルとモンゴル国、世界各地に暮らすモンゴル系の人々の民族感情を呼び起こす結果となっている。