元自衛艦隊司令官 香田洋二氏に聞く
軍艦級投入は“主権”行使の兆候か
 習近平指導部が対日政策において、自国の主権の行使を日本漁船追尾というさらに厳しい物理的活動への一歩を踏み出したとみるべきである。これにより、わが国の現場の対応も、より高い緊張度を持ったものになることを強いられよう。
 わが国漁船への対処も、今回の追尾にとどまらず、今後は拿捕(だほ)・身柄と船舶の拘束、さらには中国内での国内法を適用した裁判、要するに、尖閣諸島に対する中国の領有権を国内法でも正当化する行為に出る事態も予測される。
船の性能は基本的には大きさ(寸法)と重量で決まる。5000㌧を超える軍艦級の中国公船が領海侵犯するようになった。5000㌧を超える巡視船は世界標準からすると極めて大型であり、米国の沿岸警備隊さえも保有していない。3000㌧級以上の巡視船・哨戒船を保有する主要海上法執行機関は、わが国の海保(15隻)と中国海警(32隻)のみである。
尖閣諸島対応任務を考慮した場合、単に船型の大小ではなく、その他の即応性、運動性、洋上作業性等の要素も加わるため、一概に船の大小で日中あるいは海保と海警の優劣・強弱の比較はできない。尖閣海域における通常の行動態様からは、両国・両海洋機関とも中型船を中心に展開していることはその一例である。
同時に、大型船の投入は中国の尖閣諸島領有に対する決意を測る尺度でもあり注意を要する。公刊資料によれば海保も3000㌧級の「うるま」と「おきなわ」を尖閣専従巡視船として配備しており、その点は十分に意識していると考えられる。
懸念されるのは、習近平政権が中国海警船の活動形態を一歩踏み込み、単なるわが国に対する領海侵犯(中国からいえば、自国の領海内航行)から、わが国領海あるいはEEZ(排他的経済水域)で操業する日本漁船に対する威嚇または実力行使という中国の主権・管轄権の行使に出てくる兆候が見られるということである。これが常態化すれば、尖閣諸島に対する中国主権の確立とわが国主権の否定へと繋(つな)がることは明白である。
スキだらけの尖閣政策
自衛隊法に「平時」の任務なし
わが国政府は、この事態への処置方針を早急に定める必要がある。尖閣に対する中国の主権確立後にその既成事実を覆すことが事実上不可能であることは、南シナ海の埋め立て事案、スカボロー礁事案等で既に証明されている。
ただし、中国といえども、自衛隊そのものの実力と、それを支える日米同盟は無視できないことから、白昼堂々の尖閣侵攻は考えにくい。起こるとすれば、わが国政府や社会が、尖閣を守り抜く意図を持たないと中国が判断する場合である。この意味でも、尖閣に対するわが国社会の無関心は禁物である。
最も怖いのは、わが国の警戒態勢のスキを突いた尖閣占拠という既成事実づくりである。これを許した場合、その回復は事実上不可能であるが、現在のわが国の尖閣政策は隙だらけである。
例えば、尖閣に上陸した集団が、仮に、一般人を装った特殊部隊であれば、非軍事組織対応で出動する警察と海保の対処部隊は屍(しかばね)の山を築くことになる。しかし、現状では、上陸者の素性・属性確認の情報収集や偵察という、防衛出動発令以前の「平時」の任務は自衛隊法に定められていない。防衛省設置法の調査研究による、情報収集と監視活動だけである。本来の自衛隊法ではなく、行政組織の大枠を定めた設置法により任務を付与された自衛隊の部隊が、何者かさえ分からない相手の確認に丸腰で行くのである。
そのような事態を防ぐために政府に求められる措置は、現在の希望的観測に基づく対中融和・友好政策に軸足を置いた、外交措置による中国の強硬策の抑圧ではなく、それを基軸としつつも、万が一かつ最悪の事態に備えた自衛隊の活動を定める、わが国の法制度整備も含めた対応策の早急な策定である。
中国が決心して、わが国の警戒態勢と対応体制そして政治の意思決定体制のスキを突けば、尖閣奪取という既成事実の確立が簡単に成し遂げ得る素地は、残念であるが「十分」にあると考える。
今後、日本がすべきことは、防衛力整備と日米同盟の充実強化であり、具体的には現在の南西諸島防衛体制および日米共同対処体制の双方をさらに拡充することによる中国の抑止である。
それに加え、今後予測される中国の尖閣諸島領海侵犯および、さらに踏み込んだ活動に対する措置として、わが国の海洋国際法の解釈を明確に中国に示すことも必要である。これは尖閣事案の特効薬ではないが、幅約100㌔㍍の公海部が存在する台湾海峡や、海洋国際法上いかなる国の領土や領海が認められない低潮高地のサンゴ礁を埋め立てた中国が主張する領土、さらには同じく中国主張の九段線を認めないわが国独自の海洋行動は、そのために有効である。それに加え、台湾との人的交流をはじめとした、戦略会議や共同演習などの「軍事交流」を活発化することも、わが国の安全保障上の立場を明確に示すとともに中国を牽制(けんせい)する上で非常に効果的である。
その際に予測される中国の強硬な対抗策を恐れる向きが国内に多く存在すると考えるが、尖閣諸島に限らず、必要な時には対日強硬策を採り続けてきた中国の過去の実績から、それを理由として、このような措置を実施しないとする論は、やはり中国を高笑いさせる「事なかれ主義」といえる。要するに中国はわが国の配慮とは関係なく、必要と判断した時には、わが国に対してごり押しをしてくるということである。(談)











