鉄人・伊藤智也選手の意地、自己ベストを更新
直前のクラス変更で無情のレース、若手技術者が支えに
東京パラリンピック陸上男子400メートル(車いすT53)予選に出場した伊藤智也選手(58)。直前に障害の軽いクラスへの変更を強いられた。「すごすご逃げ帰るわけにはいかない」。無情のレースに挑み、予選で散ったが、たたき出したタイムは自己ベストの57秒16。「車いすの鉄人」が最後に意地を見せた。
伊藤選手は北京大会で障害の重いクラスT52で金メダルに輝き、ロンドン大会を機に引退。しかし、2016年10月、先端ロボット開発を手掛けるRDS(埼玉県)の杉原行里社長(39)の勧めで現役復帰を決意した。杉原さんは「引退した目じゃないなと勝手に思った」と振り返る。
早速、競技用車いす「レーサー」開発に向け、若手エンジニアらで「チーム伊藤」を結成。モーションキャプチャーなどを使って膨大なデータの収集と分析を行い、着座姿勢の「最適解」を見つけ出した。19年、試作レーサーで400メートルを走り終えた伊藤選手は「俺の今までは何やったんや」と叫んだ。こぐ回数は1割少なく、息切れもない。杉原さんに全てを委ね、「最高のエンジンになる」と、トレーニングを重ねた。
30代半ばに多発性硬化症を患った伊藤選手。昨年11月に大きな再発があり、左手に重い障害が残ったが、チームが解決策を導き出した。今夏、試行錯誤の末にレーサーも完成し、本番を待つのみだった。
ただ、大会の1年延期に伴い、クラス分け判定の有効期限が切れていた。大会直前に受け直した結果、判定は障害の軽いT53。「無念」と語る一方で、「全力で走ります」と宣言した。
迎えた29日午前の予選。40秒台がひしめく中、2組に登場し、トップに9秒余り離され7位でゴール。レース後「若きエンジニアたちの魂に乗って勝負した。金メダルは残せなかったが、一生懸命走れた」と胸を張り、「ごめんなーと言うしかないですね」と笑った。