世界に届いた市民ランナー、陸上の唐沢剣也選手
「市民代表」の集大成、「出し切った」支援に感謝の銀
パラ陸上5000メートル(視覚障害T11)で銀メダルを獲得した唐沢剣也選手(27)=群馬県社会福祉事業団=は企業の金銭サポートを受けず、通常勤務をしながら記録を伸ばしてきた全盲の市民ランナーだ。レース後に日の丸を背負い、誇らしげな笑顔で伴走者と抱き合った。「出せる力は出し切りました」。こん身の力走でボランティアらの支援に恩返しした。
「東京大会に出たい。伴走者を探してほしい」。前回のリオデジャネイロ大会に感動した唐沢選手が、県立盲学校の先輩で、鍼灸(しんきゅう)マッサージ店を営む清野衣里子さん(64)に相談したのは5年前。小4で失明し、競技経験もない「素人」の申し出。「寝言を言うな」と一蹴したが、かつてない真剣な表情に「本気なら本気で支えてやる」と口に出た。
決めると動きは早かった。患者のつてをたどり、大学駅伝部を指導した星野和昭さん(40)にコーチを依頼。知り合いの市民ランナーから練習パートナーも募った。活動日記を公開し、遠征費などの支援も募集。2017年には応援団「からけん会」を立ち上げた。
パラ選手はアスリート雇用などで企業の支援を受けるケースが大半だが、唐沢選手は点字図書館でフルタイム勤務する。練習計画は星野さんが作り、手弁当で集まるメンバーが合宿をサポート。清野さんも日々の食事を提供し続けた。
手厚い支援に唐沢選手は努力で応え、早朝と勤務後に計4時間以上、毎日練習した。星野さんは「決して手を抜かず、大切な練習ほどしっかりやり抜いた」とたたえる。
伴走者は星野さんと、大学駅伝経験者が務め、レース途中でリレーする。順調に記録は伸び、代表に内定。東京大会では星野さんとゴールする大団円を思い描いていた。
しかし、著しい成長は皮肉な結果を生んだ。練習相手が務まる人は減り、星野さんが受け持つ距離はどんどん短くなった。清野さんは実業団に協力を依頼。タイムを縮めるため星野さんの降板という苦渋の決断を下し、5月には新しい伴走者と世界記録を出した。
星野さんは「もう市民ランナーのレベルではない」と巣立ちを示唆。清野さんも「ずっと応援はする。でも私たちが囲ってはいけない」と話す。
レース後の取材に「力を出し切ってのメダル、お世話になった人にかけてあげたい」と話した唐沢選手。東京で「市民代表」の集大成を見せた。