レスリングの乙黒拓斗、逆転でもぎ取った金
3年前の失敗を糧に成長、冷静に攻め土壇場で強みを発揮
試合終了のブザーが鳴ると、乙黒拓は何度も右腕を振り上げた。兄の圭祐から日の丸を渡され、マットに正座して顔を覆う。「すごいプレッシャーだった。夢をかなえられてうれしい」。日本男子2大会ぶりの金メダルを、鮮やかな逆転でもぎ取った。
決勝は2-2のまま、第2ピリオド終盤へ。このまま終われば、後に得点したアリエフの勝利となる。乙黒拓は攻めた。残り30秒を切って仕掛けたタックルを返されかけたが、体をひねってかわし、タックル成立で2得点を奪う。驚異的な柔軟性と反射神経。土壇場で強みを存分に出した。
2018年に日本男子最年少の19歳で世界王者となった。しかし翌年はライバルに研究され、連覇を狙った世界選手権で5位と暗転。ラフプレーを受けると感情を制御できず、余計な失点につながっていた。初めての挫折。その年の全日本選手権を勝って五輪代表入りを決めると、自分を見詰め直した。「技術は申し分ない。メンタルの部分に問題があった」
コロナ禍で試合ができない日々が続いたが、普段の練習から冷静さを保とうと努めた。やみくもに攻めず、しっかり守ってから確実にポイントを重ねる戦い方も磨いた。約1年ぶりの実戦となった4月のアジア選手権は難なく優勝。「自分のレスリングをすれば勝てる」。自信はすっかり回復していた。
この日の決勝では、相手が指をつかむなど反則まがいの行為を仕掛けてきたが、動じなかった。冷静に攻めて逆転。「五輪が開催されると信じて、できる準備をしてきた。それがラスト30秒で生かされた」。失敗を糧に成長した22歳の姿が、そこにはあった。