妻を失った男性「楽しい人生待ってるはずが」
昨年は箱根旅行、老後の穏やかな暮らしを奪い去った災害
大量の土砂は40年近く連れ添った妻とともに、老後の穏やかな暮らしを奪い去った。静岡県熱海市伊豆山地区を襲った土石流災害。造園業の田中公一さん(72)は、亡くなった妻路子さん(70)との日々を思い、「これから楽しいことばかりになるはずだったのに」と悔しさをにじませる。
「(山の)上の方が大変なことになっている」。田中さんは7月3日午前10時半ごろ、近隣住民から連絡を受け、車で知人の安否確認に向かった。
道路が土砂で埋まっていたため引き返すと、自宅は周辺の家屋に押しつぶされていた。室内で路子さんの名前を呼んでも返事はなく、置き忘れていたスマートフォンには数件の着信履歴が残っていた。「土砂に足を挟まれた」と友人に電話で助けを求めていたと後になって知った。
連日、現場近くまで足を運んで捜索活動を見守り、路子さんの遺体は5日後に見つかった。「こういう形になってしまったけど、出てきてくれてありがたい」と思った。
「みんながくっついてくる」魅力があった路子さん。2人の子供と4人の孫に恵まれ、「子育ても終わり、ほっとした様子だった」という。
昨年8月には、息子からプレゼントされ、夫婦で箱根へ旅行した。これからは孫の成長を見守りながら、楽しい人生が待っているはずだった。「もうどうしようもないけど、あんなことをしておけばよかったという念に駆られる」と漏らす。
「俺はもともと、動き回るタイプだから。動いてる方がいいと(路子さんも)思っているんじゃないか」。田中さんは被災から1カ月となるのを前に仕事を再開し、少しずつ前を向き始めた。