柔道・永瀬選手、世界を見据えて蓄えた伸び代
自身は「失敗例」、悲願の金に恩師・松本監督の存在
柔道男子81キロ級、永瀬貴規選手(27)=旭化成=が、悲願の金メダルを獲得した。活躍の陰には、自身の失敗を教訓に将来の伸び代を蓄えさせた恩師の存在がある。
永瀬選手の礎を築いたのは、長崎日大高時代の恩師、松本太一監督(41)。母小由利さんは「出会わなければ今の貴規はなかった」と言う。目標は「九州王者」から「日本一」に。授業で手を挙げることも、乱取りを頼むこともできない引っ込み思案が少し変わった。
「強いやつはたくさんいるが残るのは一握り」。松本さんは自身を「失敗例」と明かす。かつて体重別に分かれていなかった全国高校選手権で個人優勝。前年の覇者は男子代表の井上康生監督だ。「簡単に言うと調子に乗った」。大学で低迷した。「消えた方の理由も気持ちも分かる。教え子には絶対味わわせたくない」と語る。
永瀬選手は高校選手権を1年生で制したが、特別扱いしない。練習は組み手、間合いの基本に始まり、相手の力の利用の仕方、柔道理論の研究など基礎重視。一方でウエートトレーニングは禁じた。「力が付くと楽に勝てる。細かい技術がおろそかになってしまう」と松本さん。見据えたのは卒業後の「世界」。狙いは的中し、永瀬選手は世界選手権を制覇、リオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得した。
「もう、やめたいです」。珍しく永瀬選手から電話があったのは、大けがから復帰直後の2018年11月の講道館杯で、延長の末に初戦敗退したときだ。代表選考に黄色信号がともり、のし掛かる東京五輪への重圧。観戦した小由利さんも「見たことないほど苦しそうだった」と明かす。
しかし、松本さんは教え子の泣き言を「ちゃんとやれ」と笑い飛ばした。「腐らずやって、結果が出ない。やめたい気持ちも分かる。そう言えるなら大丈夫」。消えた柔道家だからこそ分かった。まだその時ではないと。