明石歩道橋事故から20年「共に月日流れている」


子供2人亡くした夫妻、「家族考え前を向いて生きていく」

明石歩道橋事故から20年「共に月日流れている」

亡くなった千晴さん(右)と大君の写真を手にする有馬正春さん=9日午後、兵庫県明石市(時事)

 兵庫県明石市の歩道橋で2001年7月、花火大会の見物客が転倒し、11人が犠牲となった事故から21日で20年となる。長女千晴さん=当時(9)=と長男大君=同(7)=を亡くした有馬正春さん(62)と友起子さん(51)夫妻=同市=は事故後、新たに2人の子供に恵まれた。「亡くなった2人も変わらず自分の中にいて、共に月日が流れている」と振り返る。

 初めて行った花火大会だった。4人でJR朝霧駅から会場の大蔵海岸に向かったが、歩道橋は大勢の人であふれ、身動きも取れない。子供2人を手すりと壁の間に入れて手を付いて守っていたが、見物客が次々と倒れ、正春さんは階段近くの踊り場まで押し流されてしまった。「宙に浮くような感じ」だったという。

 2人がいた場所に戻ろうとすると、千晴さんが頭から血を流し、警察官に抱きかかえられて出てきた。大君は何人もの子供が重なった一番下に倒れており、急いで救出したが既に意識はなかった。2人とも病院に運ばれたが、助からなかった。「朝まで元気だったのに」。あまりにも突然だった。

 夫妻は事故後、遺族で結成した「犠牲者の会」に参加し、不起訴となった県警明石署幹部の起訴を求めて活動。元副署長は検察審査会の議決を受けて強制起訴されたが、16年に裁判を打ち切る免訴判決が確定した。正春さんは「検察への怒りが倍増した」とする一方、「仕方がない。これからは家族のことを考え、前向いて生きていったらええんやなと思った」と話す。

 次女(17)と次男(14)には、事故について改まって話したことはないという。物心つく前から毎年、現場の歩道橋に連れて行っていたからだ。「ずっと行ってたら分かるでしょ」と正春さん。

 今でも月に一度、墓参りをして日常を報告している。二度と悲劇が繰り返されないよう祈りながら、これからも「家族6人」で生きていく。