日本をそろばんの発信地に
文化としてのそろばん
白井そろばん博物館館長 石戸謙一氏に聞く
室町時代末期(16世紀)に日本に伝わり、以来460年以上の歴史があるそろばん。千葉県白井市にある「白井そろばん博物館」は、日本で唯一の常設そろばん博物館だ。電卓の登場や少子化など、さまざまな理由でそろばんの学習者人口が減っていく中、そろばんを文化として残すために活動する白井そろばん博物館館長の石戸謙一氏にインタビューした。
(聞き手=宗村興一)
暗算は右脳を鍛える
イメージトレーニングで活性化
そろばん博物館が始まった経緯は。

いしど・けんいち 1949年、千葉県柏市生まれ。白井そろばん博物館館長。(株)イシド取締役会長。財団法人全国珠算連盟理事長。そろばんを文化として確立するための活動と、地域の活性化にも貢献。また、グアテマラやポーランドなど、海外でのそろばん学習の支援も行う。
博物館が開館して今年で7年目に入った。これまで私はそろばん教育事業を担う(株)イシドの社長だったが、会長になって職務から少し離れた。私の第一の人生は、会社経営や生活のためを考えてやってきた。第二の人生はそろばん博物館を開いて、そろばんの普及や地域の活性化に役立てたいという気持ちがあった。
約1800点の展示物がある博物館だが、特徴は。
そろばんの博物館は今まで日本全国にいくつかあったが、今でも常設で運営しているのはここのみ。だから国内外からお客さまが来る。
今までそろばんを習う目的は「仕事で役に立つ」とか「頭が良くなる」などの理由が多かった。それはもちろん大切だが「そろばんを文化として確立させること」が私の一番の目的だ。
この博物館には、島根県奥出雲町の「雲州そろばん」や兵庫県小野市の「播州そろばん」をはじめとして、全国各地のそろばんがある。視覚障害者が使えるように玉が将棋の駒のような形をしていて手前か奥に倒れる仕組みになっている「岸高式そろばん」など珍しいものもある。
また、ポーランドそろばんやブルガリアそろばんなど海外のそろばんも展示し、さらにそろばんに関する書籍の収集、調査も行っている。この博物館でしか見ることができないものがたくさんある。
そろばん学習者の数はどのくらいか。
2016年の日本のそろばん学習者人口(財団法人全国珠算連盟推定)は約80万人だ。今年は83万人に増えた。日本にそろばん学校は約1万校あり、先生の数が約7000人いる。
海外で一番多いのは中国の1200万人、次にインドと台湾が200万人だ。世界のそろばん学習者は推定2100万人ほどいる。
1970年から80年は日本のそろばんの全盛期だった。この頃は推定600万人のそろばん学習者がいた。64年の東京五輪後、日本の経済が急激に成長し、会社も機械化が進んだ。子供の少子化も重なり、そろばん業界がしぼんでいってしまった。98~03年には53万人まで下がった。
その後世の中の風向きも少し変わり、「能力開発ブーム」がきた。そのブームの中にそろばんも含まれていた。それと並行して日本のゆとり教育に失敗だったという評価が下されるようになった。そうすると優秀な子供たちは学校に希望を持てなくなる。だから学校以外で子供たちをもっと伸ばせる場所として、そろばん教室が再評価された。
そろばんの学習による脳の活性化の効用は。
脳は12歳まで急速に伸びることが脳科学で証明されている。特に幼少期は吸収力が高く、そろばんは目で見て指先を使うことで、脳を活性化させる。
ひらめきやイメージを司る右脳と、論理的思考を司る左脳。右脳の記憶力は、左脳の数千倍以上といわれ、膨大な量の情報を高速で処理することができる。その右脳が、特に活発に働くのが3~4歳の幼児期。この時期の子供が1年間に覚える言語数は約800~1000語になるという。
右脳を鍛える方法として注目されているのが珠算式暗算(そろばん)。玉の形をイメージして浮かべるトレーニングをしていくことで、右脳の活性化を促す。
(株)イシドのそろばん学習の特徴は。
一番大事なことは、学習する人の「そろばんをやりたい、頑張りたい」という学習意欲を高めること。だから高段位を持っていてもスパルタ方式の先生ではなく、高段位の有る無しにかかわらず子供をその気にさせる先生がたくさん教室で教えている。その先生に教えられた子供が大会で日本一になることも普通である。
学校の授業のように、一斉にそろばんのやり方を教えても、1回で分かる子や何回もやらないと分からない子もいる。今は学習塾でも個別学習が流行っている。全員を満足させるにはそうした方が良い。うちは学習塾が個別学習をやる前からもう導入していた。
そろばんを文化として残していく意義は。
文化として残せばどんなものでも消えることはないというのが私の信念だ。日本をそろばん文化の発信地にしたい。今まで日本人はそろばんに関して「いかに早く計算するか」ばかりを考えていた。そうすると、早く計算するには電卓の方が良いということになって、そろばんが要らなくなる。でも、昔はこうやって計算していたということが分かれば、いろいろなヒントが見えてくる。「こういう計算なら電卓よりそろばんの方が速いじゃないか」などの面白い発見も出てくる。
1938年に文部省(現文部科学省)がそろばんの形を五玉が1個、一玉が4個に指定した。それまでは、2個の五玉、5個の一玉または五玉は1個でも一玉は5個というものだったがそろばんを効率的に教えるため、一つの形に変更した。私はいろいろな形のそろばんがあれば、考え方も発想も豊かになると思っている。効率ばかり考えず、思考の幅を広げるにはそうした方がいい。
何でも新しければ良いかといえば、そうではないと思う。例えば、自分が年を取って故郷を懐かしむ時、そこが新しい街になっている必要はない。そろばんを文化として残す意味はそこにある。
これから挑戦していきたいことは。
やはりそろばんの学習者を増やすこと。国内外でそろばんの学習者が増えると、そろばんの世界大会や交流会などいろいろなことが出来る。そのためにはもっとそろばんの学習者を増やしていきたい。





