海の守護神・海上保安巡視船 「正義仁愛」精神で治安守る
海上保安大学校名誉教授 日當博喜氏に聞く
日本政府が尖閣諸島を国有化して今月で5年が経過した。反発した中国は尖閣周辺海域での公船航行を常態化させ、緊張した日中関係が続いている。とりわけ海洋大国へ大きく舵を切った中国が、今後も昼夜を問わずプレッシャーをかけてくるのは必至だ。その最前線に立つ海上保安巡視船の業務を、海上保安大学校名誉教授の日當博喜氏に聞いた。
(聞き手=池永達夫)
現場にいることが肝要
敵進入に体張り立ちはだかる
一番の眼目は中国だ。海洋大国化へ大きく舵を切った中国は、尖閣などに進出している中、最前線の海上保安庁の役目は大きい。中国のパワーの前に有効な対処はできるのか。
7年前、中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事件があった。あの時点で中国がどこまで考えているかというのは、分かっている人はそうはいなかったと思う。中国はすでに計画的に作戦を進めていた。適当にやっていると見えて、実は大きな展望を持っている。実に恐ろしい相手だ。
この5年間で尖閣周辺の領海に中国当局の公船が侵入したのはおよそ200日。接続水域での航行は荒天の日を除けばほぼ毎日だ。
管轄する第11管区海上保安本部(那覇市)に配備する大型巡視船は、この5年間で7隻から19隻に増加した。保安官も約1800人に倍増している。
万全といえるのか?
数の問題がある。中国漁船が小笠原周辺などに出て来てサンゴを獲ることもあった。無視できないから、そちらにも行かないといけない。尖閣にも行かないといけないということで、どちらも遠方であり勢力を割かれた。その後、尖閣については体制強化したので突発的な事態にも対応可能だが、余裕がある訳ではない。次から次へと数の勝負に出て来られたら、本当に勢力的には持たないという問題がある。
同時にグレーゾーンの問題がある。漁民を装った民兵などが尖閣に上陸してくるとかの問題だ。
現場でどう対応しているかは、われわれには伝わってこないが、北朝鮮工作船による巡視船への発砲事件があって以来、対応が変わった経緯がある。
平成13年12月、九州南西海域で北朝鮮の工作船に立ち入り検査するため接近して、まさに接舷しようとしたときに向こうが自動小銃を撃ってきた。こちらはまさか撃ってくるとは思っていない。それで負傷者は出たが、幸い死者は出なかった。
尖閣や南シナ海、小笠原などいろいろ守る所があるが、一番のポイントは何か。
やはり、そこにいるということだろう。海難救助もそうだが、SOSが出たらともかく、まず現場に向かうというのが基本だ。
現場に向かいながら対処法を考える。足りない物があれば、後続の船に頼めばいい。第一船はすぐに出港してまず現場に行くことだ。相手が侵入してくるなら、そこに立ちはだかる。そのプレゼンス効果を発揮することが肝要だ。自己主張しないといけない。
海の法を守るということはそういうことか。
撃たれる撃たれないは二番目の事柄に属する。巡視船業務というのは体を張った仕事だ。海の男そのものだから。
そういう使命感みたいなものは、どうやって培われていくものなのか。
特別な教育をしなくても自然とそうなってくる。海難救助という人の本心を刺激する活動がそうさせるのかもしれない、人間というのは面白い。
1週間も航海に海に出ていると、やはりいろんなストレスがたまる。当然、人間関係もぎくしゃくしてくる。ああだこうだと、休暇がないだとか給料が安いだとか、言っている。
7日間の哨戒業務だと7日目に港に帰ってくる。往々にして、そういうときに事件は起こりがちで、間もなく帰港するというときにSOSが入ってくる。すると「海難発生! 本船これより現場に向かう!」との船内放送が入る。巡視船はUターンだ。
そうすると、面白いことにそれまでの不平不満がピタッと止まり、みんなてきぱき動く。自分は役立っているという気持ちと海難救助の使命感がそうさせるのだと思うが、人間が生き生きしてくる。
人間というのは、目的がはっきりすれば動く。暇で余裕があると不平不満が噴出する。
逆に見れば、中国も同じだ。尖閣を取ろうという使命感があって、彼らも熱気ムンムンだろう。
向こうも日本との国際問題になると困るから、不用意に無茶なことはしないだろうが、ちょっとづつやって来ている。いわゆるサラミ戦術だ。
中国の船がぶつかるときも、テレビ映像では瞬間だけ出てくるが、その前哨戦がある。何回も接近している。巡視船が付きまとってきて面倒くさいから最後は当ててやれっといった感じだ。
構造的にどちらが強いのか。
あの場合は中国の方が強い。船体はぼろだが鉄船だから。こちらは軽合金の船だった。能登半島沖の北朝鮮不審船事件では護衛艦が追い付けず逃げられたことがある。それ以来、巡視船もスピード重視になった。船体を軽量化するために、船体の一部を軽合金に変えた。その代わり、衝撃には弱い。
中国の海警と海上保安庁の巡視船はどう違うのか?
巡視船は海の法を守るパトロール船であり、同時に海のパトカーや救急車でもある。
初代長官は「正義仁愛」をモットーに掲げた。法の執行という意味では正義であり、人命救助もある。法律論だけじゃなく、仁愛精神があるのが保安庁だ。
中国の海警には、そういう職業倫理を表すような言葉はあるのか。
行動を見る限りそれは感じられない。そもそも海警は法の執行機関という任務だけで、海上交通安全業務や海上捜索救助業務は任務外だ。
ともかく海上保安庁というのは、軍とは別組織で成功した世界的に見ても珍しい組織だ。海上保安庁は米国コーストガードをモデルにつくられた。コーストガードは有事になれば、第5軍として軍に編入され、軍の指揮命令下で動く。
日本でもいざとなれば、防衛大臣の指揮下に入るようになってはいるが、海上保安庁法により軍隊としての行動は禁じられている。そもそも使用できる武器は警職法の規定が準用されるので厳しい制約がある。