進む雪氷エネルギー利用

北海道の地の利を生かす

NPO法人雪氷環境プロジェクト理事長 小嶋英生氏に聞く

 冬の期間が長く、積雪が多い北海道。これまで雪や氷はどちらかというと“厄介もの”と嫌われてきた。ところがこの雪や氷を利活用する動きが広がっている。農作物の貯蔵や住居の冷熱エネルギーに使えることが周知されつつあるのだ。雪氷エネルギーの有効活用を目指すNPO法人雪氷環境プロジェクトは今年、設立10周年を迎える。今後の雪氷エネルギーの利用法などについて同プロジェクトの小嶋英生理事長に聞いた。
(聞き手=湯朝肇・札幌支局長)

農作物の貯蔵など活用/施設、住居の冷房にも
コスト削減、付加価値化に貢献

今年、NPO法人雪氷環境プロジェクトは設立10周年ということですが、雪の利活用に関しては、それ以前に取り組んでいたと聞いていますが。

小嶋英生

 こじま・ひでお 北海道はおよそ半年間、雪との生活を余儀なくされる。これまで雪は「厄介なもの」として取り扱われてきた。その雪を、資源として捉え、事業に展開していこうとするのがNPO法人雪氷環境プロジェクトの目的である。同法人はスローガンとして「100年後の地球のために」を掲げているが、雪氷を利用した冷熱エネルギーシステムの導入は全国に着実に広がっている。小嶋英生理事長は、「精神年齢18歳高校3年生、活動年齢38歳青年会議所現役」と言って頑張っていますが、年齢は75歳。室蘭市出身。

 平成5年(1993年)、日本は天候不順による冷夏で、記録的なコメの生育不良からコメ不足に陥り、コメを輸入せざるを得ない状況に陥りました。それで、そのようなコメ不足に陥らないように大規模な食糧備蓄体制の構築が必要ではないか、ということで平成10年4月に道内の有識者を中心に「大規模長期食糧備蓄基地構想推進協議会」という組織が立ち上がりました。この協議会の目的は、北海道という地域の特性を生かし、雪、氷、冷気を活用して食糧の生産、加工、貯蔵などを行い、北海道が世界、アジア、日本における食糧基地として食糧安全保障に貢献しようというものでした。もちろん、それは貯蔵という側面ばかりでなく、生産・加工技術、流通、さらに発展途上国の技術者養成という幅広い分野を視野に入れたものでしたが、当時、私は同協議会の事務局長という立場で、その事業に携わっていました。

 そうした中で、平成9年に施行された「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(いわゆる新エネルギー法)」で定めた新エネルギーの対象の中に、新たに雪と氷と冷気などの自然エネルギーを冷熱源(新エネルギー)として加えることが、平成14年1月、小泉純一郎内閣の時の閣議で決議され、公布・施行されました。これについては、私たちも通産省(現在の経済産業省)などを中心に、「何とか新エネルギー法に雪氷を冷熱源として加えてほしい」と、霞が関に出向いて熱心に要請活動を行っていたのです。そのかいあって新エネルギー法に雪、氷、冷気が冷熱源の対象に入ることができました。その結果、冷房・冷蔵に雪氷エネルギーを100トン以上使う設備に、民間で3分の1、地方自治体で2分の1の補助金が出るようになったのです。

 こうした政府の決定に合わせて、平成18年にNPO法人雪環境プロジェクトを立ち上げたわけです。同プロジェクトは、積雪寒冷地において自然が生成した雪氷を、主として都市部の冷熱エネルギー源や公園などの植物に対する散水として供給し、ヒートアイランド現象の緩和など地球環境保全に寄与することを設立趣旨としてスタートしました。

今年8月24日に札幌市内のホテルで小泉純一郎元総理大臣を招いて設立記念講演会を開きましたね。

 10周年の設立記念事業の一つとして行いました。千人以上の方が来場され大変賑(にぎ)わい、有意義な時間をもったと思います。先ほど述べましたように、新エネルギー法に雪、氷、冷気を冷熱源に加えてもらうことができたのは、小泉純一郎内閣の時でした。今回の記念講演の講師を小泉元総理にお願いしたところ、快く引き受けていただき1時間以上にわたって講演していただきました。その中で、小泉元総理は、「札幌市は世界で一番雪の降る大都市。その札幌市は毎年200億円出して除雪を行っている。しかし、そんな厄介ものの雪も資源になりうる。そんな貴重な雪を費用をかけて捨てていいのか。札幌市は夏でも雪を冷房として使えるわけだから『さっぽろ雪まつり』以外にも持続的に使うべきだ」と話していたのが印象的でした。

 記念事業としてはその他に、今年7月から8月にかけて札幌市駅前通り地下歩行空間で、「雪を見る目が変わります」と題して、雪冷房体験や札幌市内の雪冷房施設のパネル展や雪室貯蔵品の展示販売などを行いました。

農作物の貯蔵に雪を利用する自治体あるいは企業は全国的に増えていると聞きますが、具体的な事例としてはどのようなものがあるのでしょうか。

 北海道において農作物の雪貯蔵システムを先駆けて導入したのは沼田町で、そこで出荷されている「ぬまた雪中米」は、今では付加価値のついたブランド米となっています。また、美唄(びばい)市の「雪蔵工房米」、名寄(なよろ)市のもち米専用の「ゆきわらべ雪中蔵」が知られています。また、最近では、新潟県南魚沼市のコメ販売業者の株式会社吉兆楽、同市のうおぬま倉友農園などが雪室を使ってコメを貯蔵し、出荷、販売を拡大しているという報告を受けています。

 そもそも果実を含む多くの農産物の貯蔵は5度以下で、高湿度の環境が最適条件といわれていますが、コメは5度以下の低温低湿度の環境では劣化が極めて少なく5年経過した後も新米と遜色のない食味を維持することが分かっています。また、近年ではコメだけでなく、トマトやトウモロコシ、じゃがいも、アスパラガスといった野菜の貯蔵やマンゴー(音更〈おとふけ〉町のノラワークスジャパン)など果物の栽培、ワインや日本酒などアルコールの熟成にも雪が利用されていますね。

雪冷房の活用は農作物の生産・加工、貯蔵以外にどのような分野で使われていますか。

 雪氷の活用事例については、農作物や加工品の生産・貯蔵の他に、老人福祉施設や個人住宅、事務所、ホテル、工場、学校といった施設の冷房として使われています。例えば、美唄市の二つの老人福祉施設では雪を敷地内の貯雪庫に蓄え、直接熱交換冷風循環方式と熱交換冷水循環方式を併用し、7月から8月にかけて館内の冷房に役立てています。

 美唄市の施設によると、雪利用は冷房だけでなく、館内の塵(ちり)や埃(ほこり)、臭いなどを吸着して施設内がきれいになったという報告もあります。また、岩見沢市の高齢者福祉センターでは、融解水熱交換冷風方式を採用して夏場の冷房に雪を使っていますが、ここは他の施設と違って堆積した雪山を利用しているのが特徴です。つまり、ここでは道路に降り積もる雪を除排雪によって雪堆積場に運搬しますが、その雪山はバーク材やホワイトシートなどで被覆して長期保存し、自然融解する水を収水路や導水管で自然流下させ、流水のままポンプアップして空気調和機で熱交換し高齢者福祉センターの大ホールを冷房するシステムを取っています。

 雪堆積場を利用した冷熱システムは、コスト的にも非常にメリットのあるシステムといえます。この他にも、有名なところでは平成24年に東京の帝国ホテル、トヨタ自動車苫小牧工場が札幌の雪を使って冷房を実施しています。

 ちなみに、北海道経産局の資料では、平成22年6月時点で雪氷や凍土を活用した冷房・冷蔵施設は全国で140カ所。そのうち、65カ所は北海道内に立地していると報告されています。

今後、雪氷環境プロジェクトとしてはどのような展開を考えていますか。

 2020年には東京オリンピック、パラリンピックが開催されますが、私どもは真夏に開かれる東京五輪に対して屋外競技場や選手村の冷房に北海道の雪を利用してもらうように提案しています。マラソンコースの両側に雪壁をつくれば、高温多湿の中を走る選手の負担を軽減させることも可能です。また、オリンピックは世界中からVIPや選手、観光客など多くの人が訪れます。その際に選手村の食事や大会関係者の弁当、そして施設の装飾に雪氷冷熱エネルギーで生産・加工されたおいしい食材や花を使ってもらえれば、日本の食文化を世界に大きくアピールできると考えています。