引きこもり、孤立させぬ支援の体制を


 引きこもりの深刻さを思い知らされる事件が相次いでいる。元農林水産事務次官(76)が44歳の長男を包丁で刺殺した事件では、被害者の引きこもりや家庭内暴力が背景にあった。

 なぜ、早く外部に支援を求めなかったのか。責任感の強さや自責の念がそれをためらわせたのだろうか。プライドや世間体にとらわれず、行政や民間の支援団体に頼ることが、問題解決の第一歩であることを強調しておきたい。

 相次ぐ事件の背景に

 元次官の体には複数のあざが確認されている。中学生の頃から引きこもりがちだった長男から暴行を受けていたとみられる。事件直前には、近所の小学校であった運動会の最中、長男が「うるせえな、ぶっ殺すぞ」と言って口論になったという。

 川崎市で長期引きこもり状態だった容疑者(51)が児童襲撃事件を起こしたことを念頭に、「長男が周囲に危害を加えるかもしれないと思った」という趣旨の供述もしており、精神的に追い詰められて犯行に及んだ可能性がある。事実であれば、何ともやりきれない事件である。

 児童襲撃事件の3日後には、福岡市で70代女性と40代女性、そして40代男性が血を流して倒れているのが発見された。3人は家族で、引きこもりの息子が母親と妹を刺すなどして重傷を負わせた後、自殺を図ったとみられている。

 内閣府が昨年行った調査では、定職がなくほとんど外出しない引きこもり状態の中高年(40~64歳)は全国で推計61万3000人いる。半数が5年以上の長期にわたっており、早期の対応が問題解決の鍵となっていることが浮き彫りとなった。

 若年層(15~39歳)を含めると115万人に上るが、実際は200万人に達すると指摘する専門家もいる。80代の親が50代の子の面倒を見る、いわゆる「8050」問題は今後、さらに深刻化するだろう。長期化するほど、また親が老いるほど、解決は難しくなるのである。

 前述のような殺傷事件が続くと、引きこもりと犯罪を短絡的に結び付け、世間の目が厳しくなることが懸念される。こうした偏見が当事者・家族と社会との断絶を深め、さらに解決を難しくしてしまう。誰にも相談できない苦しみ、孤独感、自責の念を当事者も家族も抱えていることをまず理解すべきである。

 残念なのは、元次官が行政などに相談した形跡がないことだ。児童襲撃事件の容疑者と同居していた80代の伯父夫婦は2017年以降、川崎市に14回相談していたが、主に介護に関する内容だったため、引きこもりについて市は伯父夫婦の意向をくんで様子見としていた。結果論になるが、行政が積極的に関与すべきだったのではないか。

 相談しやすい環境整備を

 相談窓口としては、都道府県と政令指定都市に「ひきこもり地域支援センター」がある。しかし、それ以外の自治体レベルでは、相談に訪れてもたらい回しにされるなどの不満の声が聞かれる。当事者や家族が精神的に追い詰められないようにするためにも、相談しやすい環境を整えることは最低限の社会の責務である。