駐韓大使帰任、日韓関係を重視した決断だ
いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる日韓合意の履行に反し、韓国・釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたことへの対抗措置として一時帰国していた長嶺安政駐韓大使と森本康敬釜山総領事について、政府は約3カ月ぶりに韓国に帰任させた。日韓関係の重要性を踏まえた決断であり、すでにこれを歓迎する声が上がっている。
本来は筋が通らない
長嶺大使らの一時帰国は、日韓合意で韓国政府が在ソウル日本大使館前の慰安婦像撤去に向け努力すると約束したことを世論の反対を理由に履行しないばかりか、同じ在韓日本公館のすぐ前に慰安婦像が設置されるという正反対の事態を招いたことへの抗議だった。
本来なら合意反対派を説得し慰安婦像を別の場所に移転させるなど韓国側に具体的な動きがなければ長嶺大使の帰任は筋が通らない。だが、これ以上、帰任の時期を遅らせれば日韓関係への悪影響がさらに広がりかねないとの判断が働いたのだろう。
何より安全保障面での日韓協力は不可欠だ。特に懸念されるのは不穏な北朝鮮情勢である。
北朝鮮は核実験や各種の弾道ミサイル発射など武力挑発をエスカレートさせ、最高指導者・金正恩朝鮮労働党委員長も極端な恐怖政治に頼るなど国内に不安材料を抱える。こうした状況下で日韓は米国と共に連携を深めなければならず、歴史認識問題などでいたずらに「反日」「嫌韓」感情を募らせるのは両国の国益にとってプラスにならない。そもそも「慰安婦」合意はそういう趣旨に沿って理解される必要がある。
もちろん今回の帰任は「慰安婦」合意自体の履行を促す狙いもある。合意時の大統領だった朴槿恵氏は国政介入事件をめぐる責任を問われて罷免され、検察に逮捕された。その一方で5月9日に迫った次期大統領選では対日政策で厳しい発言が目立つ革新系や中道左派の候補たちが有力視され、対日関係重視の保守系候補は苦戦が予想されている。韓国の不安定な政権移行期に日本として合意履行を韓国側に粘り強く働き掛けるには大使らの政治的リーダーシップが欠かせない。
「慰安婦」合意同様、朴前大統領の決断で締結された日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の重要性を韓国新政権に十分認識してもらうには事前に準備が必要だろう。新旧政権をまたいで政策が継承されるためにも大使帰任は得策だ。
北朝鮮弾道ミサイルを迎撃する高高度防衛ミサイル(THAAD)システムの韓国内配備では中国が強く反発し、韓国に経済的不利益をもたらすような報復措置を講じている。韓国が再び中国に傾斜しないよう日米韓3カ国の結束を図るためにも、日韓関係改善の流れをつくらなければならない。
「慰安婦」合意履行は当然
韓国では新政権が前政権の政策や実績を否定する例が頻繁に見受けられた。「慰安婦」合意は国際社会の前で明らかにした国と国との約束事であり履行は当然だ。韓国次期政権が一方的に反故(ほご)にする事態に陥らないよう日本としてもしっかり外交力を発揮しなければならない。