精神科医大量処分、国民の信頼回復容易でない
不祥事が後を絶たない精神医療で、国民の信頼を根底から揺るがす事態が発生した。精神保健指定医の資格を不正に取得したとして、医師89人の資格取り消しが決まったことだ。患者を最優先に考えなければならない医師のモラル欠如には呆(あき)れるばかりだ。
指定医資格を不正取得
今回の事態は、腐敗の根が精神医療の世界全体に広がっていることを浮き彫りにするものである。不正をチェックできなかった厚生労働省の責任も重い。資格取得審査を厳格化するのはもちろん、医師教育の見直しも含め、関係機関は再発防止と信頼回復を急ぐべきである。
今回問題となった精神保健指定医の権限は絶大である。全国に約1万5000人いるが、その判断によって、精神障害者を強制的に入院させる措置入院などの身体拘束、つまり患者の人権を制限することもあるのだから、この資格を得た医師にはより高い倫理観が求められる。
その一方で、指定医の資格があると、診療報酬が加算される上、開業する時にも患者の信頼を得やすくなるメリットがある。こうした経済的な利益を動機に、不正取得が行われていたとすれば、言語道断である。
資格取り消しとなったのは、指定医49人とその指導医40人。申請の際、自分が十分関わっていない症例リポートを提出し、指導医は指導責任を問われた。
聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)で昨年、多くの医師が診察していない患者のリポートを提出して、指定医の資格を不正取得していたことが発覚。厚労省は指導医を含む20人の資格を取り消すとともに、他の病院についても2009年から15年に資格取得した医師を調査し、大量不正が発覚した。
89人のほか、処分が出る前に6人が指定医の資格を返上。新規に資格を申請していた5人についても不正の疑いがあるとして、4人の申請を却下し、1人は自ら申請を取り下げている。
不正取得が発覚した医師の中には今年7月、知的障害者施設の大量殺人事件(神奈川県相模原市)が起きる前、容疑者の措置入院の判断に関わった医師も含まれる。この医師は資格返上したため、処分対象から外れたが、勤務していた北里大学東病院(同市)からは5人の処分者を出している。
これだけ大量の不正が行われていたのは精神医療界に、患者本位に考えるという医療の原点を疎(おろそ)かにする体質があるからだろう。こうした体質を改善するためには、指定医の資格取り消しだけでなく医業停止も躊躇(ちゅうちょ)すべきでない。また、京都府立医科大学付属病院8人、兵庫医科大学病院7人、愛知医科大学病院7人など、処分者が多かった病院に対するペナルティーも考える必要がある。
医師教育の見直し検討を
医師に求められるのは医療の知識だけではない。患者に対する責任感・思いやり、順法精神など高い精神性も不可欠である。向精神薬の多剤処方、不適切な強制入院など、精神医療に対する国民の不信感が強まっている中で起きた今回の事態を契機に、医師教育の見直しも検討すべきだろう。