高浜原発差し止め、最高裁判例逸脱した暴走
滋賀県の住民29人が、福井県の関西電力高浜原子力発電所3、4号機の運転差し止めを求めた仮処分申請で、大津地裁(山本善彦裁判長)は「安全性の確保について関電は主張や証明を尽くしていない」として差し止めを命じる決定を出した。既に同機は稼働しており、極めて不合理な判断だ。
安全神話に陥る裁判
高浜3、4号機は厳格化された新規制基準に合格して今年、再稼働を果たしたばかりである。山本裁判長は「東京電力福島第1原発事故の原因究明は道半ばだ」と指摘。「関電の主張や証明の程度では、新規制基準や(原子力規制委員会が審査で与えた)設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎になると考えることをためらわざるを得ない」とした。
これに対し関電は、これまで審査データなどを提出し、安全性は担保されていると主張してきたが、受け入れられなかった。もちろん万一、事故が起きてしまった時の被害が極めて深刻であれば、十分な対策を講じることが求められる。しかし裁判所は、安全性の証明について事業者側へ過剰な責任を負わせ、「ゼロリスク」を求めていると言えまいか。
確かに、決定書には「どこまでも完全を求めることは不可能としても、このような備えで十分であるとの社会一般の合意が形成されたと言っていいか躊躇せざるを得ない」という文言はある。しかし、高浜原発がなぜ安全でないかについては明確な根拠を示していない。「絶対安全」志向を導き、かえって安全神話を強調する結果に陥ってしまっている。
また、自然災害がもたらす危険は、理学に基づく深い知見や工学による適切な対応で未然防止がかなりできる。関電側が提出したデータについて、裁判所がどれだけ専門的に精査したか明らかでない。
一方、決定では規制委の新規制の基準についても疑問を呈している。規制委の策定手法などに対し「非常に不安を覚える」として新規制基準の内容に含まれていない対策にも言及。「避難計画を視野に入れた幅広い規制基準が望まれ、基準を策定すべき信義則上の義務が国家に発生していると言っても良いのではないか」などとした。
しかし原発の安全審査については、1992年の四国電力伊方原発訴訟の最高裁判決で「最新の科学的、専門技術的知識に基づく総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断にゆだねられている」と判示。これに基づき、高度な専門性を求められる原発の安全性の判断について、司法は行政の判断を尊重し、抑制的な立場を取ってきた。しかし今回の決定は明らかに判例の趣旨を逸脱しており、「司法の暴走」と言えよう。
政府は毅然と対応を
関電は決定を不服とし、異議と執行停止を申し立てる。また菅義偉官房長官は記者会見で「規制委が世界最高水準と言われる新規制基準に適合すると判断した」として「政府はその判断を尊重し、再稼働を進める方針に変わりはない」と述べた。政府の毅然(きぜん)とした姿勢を今後も示すべきだ。