拉致報告先送り、北との交渉戦術練り直せ
北朝鮮が日本人拉致被害者の再調査の初回報告を先送りした。北朝鮮の約束違反である。被害者家族を苛立(いらだ)たせ、日本政府を揺さぶって制裁解除や見返りを求める魂胆であろう。家族の心情を弄(もてあそ)ぶ卑劣極まりない態度だ。
われわれは北朝鮮の思惑通りに動かされてはならない。拉致という国家犯罪を犯しておきながら、この対応だ。強く抗議するとともに北朝鮮というテロ国家との交渉戦術を練り直すべきである。
「調査は初期段階」と通告
これまでの日朝協議の経過をたどると、3月に政府間協議が1年4カ月ぶりに北京で開催され、5月にスウェーデンで拉致被害者ら全ての日本人の再調査で合意した。次いで7月、北京で「夏の終わりから秋の初め」に最初の報告を行うことで一致した。
日本は再調査を行う特別調査委員会の実効性が担保できると判断し、制裁を一部解除した。ところが北朝鮮はこのほど、北京の大使館ルートを通じて「調査は初期段階にある」として、先の約束を反古にして報告の先送りを通告してきたのである。
北朝鮮がこのようにしたのは見返りが欲しいからであろう。北朝鮮は朝鮮総連中央本部の継続使用の保証と万景峰号の日本入港を求めていると言われる。調査報告を遅らせたり小出しにしたりして、その都度、制裁解除や人道支援を引き出そうとしているようだ。
被害者家族会のメンバーは「北朝鮮の狙いに乗せられないように」と政府に忠告し、「焦りは禁物」と冷静な対応を求めている。安倍晋三首相も「形ばかりの報告には意味がない。北朝鮮は誠意を持って調査して全てを正直に回答すべきだ」としている。
拉致は主権と人権侵害の国家テロであり、被害者全員の帰国と北朝鮮の謝罪によってのみ解決する。政府は毅然(きぜん)たる姿勢を堅持すべきだ。
北朝鮮を動かすには国際世論の喚起が求められる。その点、政府が今月、ジュネーブの国連欧州本部で拉致問題解決を訴える国際シンポジウムを開催し、国際協力を訴えたのは適切だった。欧米諸国は特に人道問題には敏感であり、こうした形で対北圧力を高める必要がある。
北朝鮮はこれからも交渉の中で見返りを求め、日本政府に対して揺さぶり戦術に出てくるものとみられる。肝要なのは、北朝鮮は一筋縄ではいかないテロ国家だという認識だ。北朝鮮との交渉では「誠実さ」など期待できない。
北朝鮮は拉致被害者を人質にして、何人をどのように帰せば制裁解除や人道支援が得られ、そして総連からの送金復活が可能になるかを冷静に計算しているとみてよい。
被害者全員の帰国実現を
たとえ交渉で数人が帰国できたとしても、あとの被害者が証拠もないまま「死亡」などとされてはたまったものではない。
あくまでも被害者全員の帰国の実現を目指すのが日本の基本姿勢でなければならない。その点では一切妥協の余地がないことを、政府は北朝鮮に伝達すべきである。
(9月23日付社説)