李登輝元総統逝去 台湾に魂の柱据えた大政治家


 台湾の李登輝元総統が逝去した。97歳の大往生だったとはいえ、確固とした台湾の行く末を見届けて逝きたかったに違いない。

日米との関係強化に動く

 プロテスタント・長老派のクリスチャンであった李元総統は、ユダヤ民族を奴隷の地エジプトから「約束の地」カナンへと導こうとしたモーゼ的使命を自らに課していた。台湾を中国のくびきから解き放つことを生涯の仕事とした。

 その意味で今この時に逝去したのは、ユダヤ民族と一緒に「乳と蜜の流れる」カナンに入ることができず、最後は「約束の地」を目前にしたネボ山で死去したモーゼと重なって見える。

 折しも2年前、中国共産党の習近平総書記が憲法を改正し「国家主席の任期2期10年」の縛りを撤廃することで終身国家主席への道を確保する際、党幹部や長老らに「中台統一を成し遂げるには10年では時間が足りない」と言ったとされる。習氏にとって台湾併合は、長期政権へのカギを握る最大の政治課題に浮上したことになる。

 事実、毛沢東が成し遂げられず、香港返還を実現した鄧小平もできなかった台湾併合に成功すれば、習氏の政治的求心力は他を圧倒することになる。

 かつて日章旗や蒋介石の青天白日旗が翻った台北の総統府に中国の五星紅旗が風になびけば、習氏を現代の毛沢東に押し上げようとする政治的上昇気流が発生するからだ。その意味でも中台関係は現在、正念場を迎えている。

 モーゼを野辺送りしたユダヤ民族は、信念の人・ヨシュアを次世代リーダーとして戦い、カナンに入った。台湾の若いリーダーに求められるのは、こうしたぶれない信念かもしれない。

 李元総統は、巨大な強権国家・中国と対峙(たいじ)するには、台湾関係法で台湾の有事にしかるべき行動を取ることを義務付けた米国を命綱とし、日本との連携が不可欠との固い信念があった。このため、総統職を離れてからも対米、対日関係強化に精力的に動いた。

 海峡を挟んで中国から脅威を受け続けたため、台湾が生き延びる戦略を緻密に計算し続けてきた。

 台湾の民主化に取り組んだ李元総統は「台湾民主化の父」とされ高い評価を得ているが、自由民主主義の普遍的価値を重んじただけでなく、共産党一党独裁政権の中国の圧力をかわす最大の盾であり武器でもあるという認識があった。

 いわばサバイバル戦略としても自由と民主主義をとらえ、これこそが台湾最大の資産だという懐の深い政治認識を持っていたのである。その上で、台湾人アイデンティティーという魂の柱を据え付けることにも成功している。

日本も鑑とすべき逸材

 政治家としての器の大小は、その危機認識と深く関わる。大政治家は大国にいるとは限らない。わが永田町にとっても、鑑とすべき逸材だった。

 今年の日本では、梅雨が異例の長さだ。台湾海峡の奥への目線を外すことのなかった大政治家の逝去に、天も思うところがあるのかもしれない。合掌。