サリン事件25年、無差別テロ対策と再発阻止を
地下鉄サリン事件の発生から25年が経(た)った。神経ガス・サリンという猛毒の化学兵器を史上初めて使用した無差別テロが、東京都心の朝の通勤ラッシュ時に霞ケ関駅を通過する地下鉄丸ノ内線、日比谷線、千代田線の車輌(しゃりょう)や駅ホームで同時多発的に発生した。
死者13人、負傷者5800人以上を出した前例のない大事件であり、今後もテロに備え再発を阻止すべきである。
世界に衝撃を与える
事件をめぐって、わが国では犯行に及んだオウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚や実行犯の信者および教団に対する批判や怒りが集中した。しかし、世界に衝撃を与えたことはNBC(核・生物・化学)兵器を用いたテロが現実に発生し、場所が冷戦終結後の当時、世界各地で起きていた民族・宗教紛争地帯ではなく、平和な先進国・日本の首都の中心部だったことだ。
その後もテロはソ連の体制崩壊で混乱するロシアの都市だけでなく、米ニューヨークを襲った9・11テロをはじめ英ロンドン、仏パリ、独ベルリンなど首謀者と手法を変えながら欧米の大都市でも頻発するようになった。今日の脅威は当時より高まっている。過激派組織「イスラム国」(IS)などによる多国籍の国際テロも深刻化しており、国際社会のテロ撲滅に向けた連携が重要だ。
わが国では2017年、国際組織犯罪防止条約締結に向けてテロ等準備罪を新設した改正組織犯罪処罰法を制定した。一方、松本元死刑囚らが処刑されたことで、地下鉄サリン事件を含む一連のオウム真理教の事件が終焉(しゅうえん)したとして片付けられ、NBCテロに対しては警戒感が高いとは言えない。
実際、化学テロを体験しながら、再発を想定した備えが遅い。例えば厚生労働省は、ようやく昨年11月に「非医師等による自動注射器の使用が許容される必要がある」として、化学テロが起きた現場で負傷者の救助活動をする消防隊員や警察官、自衛隊員などが解毒剤注射を打つことを認める報告書をまとめた。
防護服を着た隊員が化学テロ現場に駆け付けても、倒れている被害者に解毒剤を注射できなければ救助できない。今年の東京五輪・パラリンピックに向けたテロ対策の一環だが、本来は五輪招致や開催と関係なく25年前のサリン事件後、速やかに対処すべきものだ。
また、負傷者数が5000人を上回ったサリン事件では、解毒剤のプラリドキシムヨウ化メチルが不足した。厚い防護服を着たままでも扱える自動注射器や化学テロ対応医薬品の備蓄を十分にする必要がある。
さらに、目下の新型コロナウイルスの感染拡大は、生物兵器がテロに用いられた場合の被害の大きさを示唆していないか。オウム真理教は炭疽(たんそ)菌も培養しており、米国では9・11テロと同時期に炭疽菌郵送による殺人事件が起きた。検査・防疫体制の重要度は増している。
警戒と備えと訓練強化を
NBCテロは無差別に被害を拡大する。地下鉄サリン事件を教訓に警戒と備えと訓練を強化し、継続していくべきだ。