業を雪いだ佐藤愛子氏 人間は苦悩で鍛えられる

息子から贈られた本

 クリスマスを前に、息子(次男)が佐藤愛子のベストセラー「九十歳。何がめでたい」(小学館)をプレゼントしてくれた。

 佐藤紅緑を父に、サトウハチローを兄に持つ彼女の名は知っていたが、多忙のあまり彼女の著書は読むひまがなかった。

 息子の好意で時間をとって読んでみた。

 夫の会社倒産で借金取りに追われた日々を書いた、「戦いすんで日が暮れて」の直木賞受賞の日の驚きなど、彼女のペンは人生の悲喜こもごもの情景をあからさまに書き、人々の心をつかんだのだろう。

 多くの読者は、彼女の率直な苦労多き人生に共感し、共鳴した。

 人の苦労を見て、「強く生きよ」とは、誰しも口にする言葉だ。しかしその苦しみは人さまざまで、悩める本人でなければ、人は理解し得ない。

 多くの人はその苦しみを心に抱えたまま一人で悩み苦しむ。

 深すぎる不幸を背負った人は生きる力を失い、死の道を選ぶ。しかし、自死の道はさらに深く暗いことを人は知らない。

 作家・佐藤愛子は死後の世界も知った。

 「私の遺言」(新潮文庫)で彼女は克明にそれを描いている。妹から借りて読み、書店で数冊買い友人にも配った。

 彼女の「アイヌの霊」の体験から霊体質(誰にもそれはあるのだが)を知り、霊能者美輪明宏氏の助言から、その後の霊能者との交流の中で徐々に死後の世界を知ることになる。

 彼女が著書の中で記した死後の世界を紹介すると、人が現世で生きるために四つの守護霊団があり、他界した先祖がつく主護霊、その他に指導霊、支配霊、補助霊が存在するという。これらの霊団を、キリスト教では“聖霊”と呼ぶようだが、指導霊は人の趣味や職業を指導し、芸術家には芸術家の霊が、スポーツマンにはスポーツマンの霊がつき、支配霊はその人の運命をコーディネートし、補助霊は以上の3役の霊を手伝うという。

 「さほど古くない先祖や身内や、前世に関わる霊が関与する場合もある」と、佐藤氏は記す。

 佐藤愛子氏は北海道の道南の地に別荘を築いたことから、「アイヌの霊」や「狐霊」に悩まされ、自分が霊体質であることを知った。

 友人の美輪氏や彼の紹介で多くの霊能者と関わり、わが身を守る法を知った。飛行機事故で死んだ向田邦子氏はそれを知らなかったと記している。

愛と勇気で乗り越えよ

 90歳を超えていまだ元気はつらつな佐藤愛子氏に学ぶところは多いようだ。

 彼女の“負けん気”と、気の強さが苦難を乗り越える心身の強さとなったのだろう。

 人生は誰しも、父母の愛と強気の気性なしには生きられない。生きることは“闘い”なのだ。

 殺人、自殺が多い近年の日本だが、人間の心が真のヒューマニズム、人間愛を失っているのではないか、と感じているのは、私一人ではないようだ。政治が悪い、教育が悪いと、互いに原因を他に押しつけている。

 佐藤愛子氏は著書の中で語り続ける。

 「この私に佐藤家のカルマがかかっているのなら、四の五の言わずに浄化の努力をすればいい。それが一番の早道だ」と。

 そして「佐藤家のカルマは増幅に増幅を重ねて、ついに、私の父佐藤紅緑、兄ハチローはじめ、三人の兄、姉、ハチローの息子たちにまで累を及ぼした」と悟り、「血脈」を世に出した。

 霊能者、江原啓之氏からも電話が入り、彼女自身による佐藤家一族のカルマの浄化が始まったことを伝えてきたという。

 「こうして漸く私はここまで辿り着いた。北海道浦河町の山の家は鎮まった。東京のこの家にももう、何の気配もない。すべては『はからい』だったのだと私は思う。……苦しむことで浄化への道へ進むのだ」。佐藤愛子氏は悟った。

 人間は苦悩で鍛えられる。苦難の荒波から逃げてはいけない。勇気を持って闘うことだ。