座間9遺体事件に思う なぜ救えなかった若い命

孤独な人に仏を装う鬼

 講談社の「週刊現代」(11・18号)に恐ろしい記事が載っていた。「私を愛した殺人鬼」のタイトルで、取材を受けたのは南関東在住の女性介護士(21)だった。人々を驚愕させた座間市9人バラバラ殺人事件の白石隆浩容疑者(27)の10人目の被害者になるところだったが、同容疑者逮捕により難を逃れた女性だった。

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の書き込みを通して近づいてきた“首吊(つ)り士”と名乗る男との52日間のやり取りが、克明に描かれていた。この証言で犯罪の手口が理解できた。「好きだよ」、「会いたい」といいながら、電話の後ろで女の声が聞こえ、水を流す音がする…。疑問を持ちながらも引かれる若い女の気持ち。

 事件発覚後の新聞記事を読めば、孤独を憂える若い女を招き寄せ、金を奪い、首吊り用のロフト付き部屋を借り、梯子(はしご)や縄まで用意し、事前にノコギリやナタなどを購入した男の用意周到さは驚くばかりだ。

 騙(だま)されて殺害された9人には、15歳から19歳の少女が4人、ただ1人20歳の男性がおり、酒や睡眠薬を使い、ロフトで首を吊った。恐るべき計画的殺人というべきであろう。自殺願望の書き込みをSNSにした若い女を甘言で誘い、一緒に死のうと心中するものと装い、恐れる者を酒や睡眠薬でマヒさせ、首吊り自殺を装う卑劣さ。

 その誘う手口は絶妙で優しく、まさに救いの人と信じ、彼の下にやってきた男女が、その手に乗せられ若い命を失った。まさに、仏を装う殺人鬼、神に化身した悪魔(サタン)と言えよう。

 現在も警察が捜査を進めているが、この恐るべき事件は、現代の隠れた人間の性、ヒューマニズムを失った現在の日本社会の側面を示しているかもしれない。捜査が進むにつれて、白石容疑者は自室に招き入れ殺害した9人の誰もが自殺願望はなかった、と語っているのだ。新聞などが報じた捜査関係者の話によると、彼の供述は意外にも「実際に死にたいと思っている人はいなかった。殺害を依頼されたこともなかった」と。

 人間の知性や愛情の真の姿を見失っているとも言えるだろう。

 例えば、「座間遺体 男を逮捕」の見出しの記事(日経11・21)では、八王子の女性(23)と、10月21日頃、連絡が取れなくなった兄が捜査願いを警察に提出したところ、捜査員が同30日、白石容疑者宅を訪ねて、事件が発覚したという。

心を受けとめる相手を

 この23歳の女性はツイッターで自殺願望の投稿をし、「自殺を手助けする」という同容疑者と知り合い、10月23日に初めて会って部屋に入れ、身の上話を少ししてから殺した、と話しているという。「しかし会ってみると『死にたい』とは言わず、ただ話し相手が欲しいというふうに感じた」という趣旨の供述をしているのだ。

 同紙は伝えている。若者たちの“孤独感”。

 「話を聞いて」と訴える若者の心を誰が受けとめるのか。それを“つながりの罠(わな)”と表現している。同紙の記事によれば、孤独感に襲われた若者たちが、気軽に、SNSに救いを求めた。それが“被害者”に転じた原因と見ているのだ。では、それを救うのは誰なのか。

 ツイッターに投稿した八王子の23歳の女性が、「死にたいけど、一人だと怖い。誰か一緒に死んでくれる方……」と残したメッセージ。それを9人の殺人に走った白石容疑者が見た。

 何かが欠けている現代の日本。この世に父母兄弟がおり、宗教家や教師らがいる。なぜ、その人たちが救えなかったのか。