危機管理が要する能力 新しいマニュアルを描け
失敗した2人の政治家
東日本大震災の発生から6年が過ぎた。あの時に菅直人総理が犯したと思われる失敗が、オバマ前米大統領がシリア等で犯した失敗と類似していると思えてならない。それは古いマニュアルの上に新しいマニュアルを上書きしたことである。
2人は、一応は能力のある人物と認めざるを得ないと思う。米国はもはや「世界の警察」の役割を果たせる状況ではないので、「世界の調整役」という新しいマニュアルを、描かねばならない。福島原発事故は既存の官僚機構のマニュアルでは対処できないので、自ら現地で状況を確認しなければならない――。
これらの判断は間違っていなかった。だから菅総理(当時)が自ら原発に飛んで視察したことは間違いではない。そして得た情報に基づき自らの主導で原発事故に対処しようとしたことも間違いとは言えない。
ただ、それならば官僚機構のマニュアルだった原子力災害対策本部を立ち上げるのではなく、キューバ危機時にケネディが立ち上げたEXCOM(国家安全保障会議執行委員会)のような、今までにない発想の特別チームを編成するべきだった。逆に原子力災害対策本部を立ち上げた以上、官僚の既存のマニュアル通りに、そこと内閣危機管理センターとの協力関係を、緊密に守るべきだった。
この二つの考え方を混同したため、内閣危機管理センターに原発関係の情報が入らず、原子力災害対策本部に自衛隊や警察、消防等からの情報が入らず、それによる混乱状態が原発事故への対応を、後手後手に回らせた。それは「世界の調整役」というマニュアルを中途半端に「世界の警察」というマニュアルに上書きしたために、重要な局面で空爆をためらうなど、シリア情勢への対応を誤ったオバマと不思議な共通項がある。
菅直人もオバマも若き日に学校秀才だった人物である。そのような人物の精神の根底にマニュアル思考が強くあったのだろう。たとえ「これはマニュアルで対応できない事態だ」と見抜く真の賢さも、なかったわけではないとしても…。
しかし政治家が、そのような思考では国民や国家が破滅に瀕(ひん)してしまう。実際あの2人は、それに近い状況をつくり出した。
福島原発事故やシリア情勢のように、官僚組織の既存のマニュアルで解決不能な状況になった時、真の政治家なら既存のマニュアルを打ち壊して、その場で新しいマニュアルを描けなければならない。キューバ危機時のケネディのように…。
描く能力を磨くために
官僚ではなく、選挙で選ばれた政治家は、そのような訓練が最低限できている人材でなければ、国家も国民も、いや世界も破滅に瀕してしまう。その良い例が福島原発事故やシリア情勢だろう。
最近、日本の消防大学校では、選挙で選ばれた自治体の首長向けのセミナーを開催している。また、多くの自治体でも自衛隊、警察、消防のOBを防災課などの顧問等として受け入れている。そのような人々の主導する図上演習などで、想定外の災害やテロ等が起きた時の対応に関する訓練なども、幾つかの自治体では始められている。だが選挙で選ばれたわけではない自治体の官僚の中だけで行われていることが多い。
国民を災害やテロ等から守るのは、まずは自治体の首長である。最終的には国会議員や閣僚である。彼らは選挙で選ばれる。つまり官僚のマニュアルで対処不能な事態が起きた時、新しいマニュアルを描くのが役割のはずである。
そのような能力を持った人が、どれくらい選挙で選ばれているか? 前述のようなセミナーや図上訓練等は、選挙で選ばれた首長や国会議員になった人は、せめて全員が受けるべきではないだろうか。(敬称略)