日露の北方領土交渉 正念場を迎える安倍外交

中国膨張主義と北の核

 現在、日本とロシアの関係は新しい局面を迎えようとしている。本年9月2日にウラジオストクで安倍首相とプーチン大統領が会談したのを契機として、12月には同首相の故郷である山口県に同大統領が招待される予定となった。また、今後も両国関係を協議する定期会議がウラジオストクに常設されることも決定した。

 もちろん日露両国は、これまでにも協調関係を進展させるための努力をしてきた経緯があるのだが、そのたびに北方領土問題が障害となり、進展の道が閉ざされてきた。しかし、今回はようやくその懸案の具体的な協議をも含めた外交が進展する可能性が高くなったのである。

 言うまでもなく北方領土は、国際法上は旧ソ連が第2次世界大戦末期に日ソ中立条約を一方的に破棄して不法占拠した経緯から見れば、明らかに4島のいずれもが日本の領土である。したがって日本としては、4島すべての返還を実現したいところではある。しかし現在の日本は、好むと好まざるとにかかわらずロシアとの関係を進展させ、より緊密な相互の協力関係を確立しなければならない状況にある。

 というのも、まず安全保障上の問題として、中国の太平洋進出や北朝鮮の核兵器開発に対応する必要がある。そこでは、アジア地域における日中冷戦の時代において中国の膨張主義を封じ込めるために、アメリカ、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、オーストラリア、韓国などとの協力関係に加え、上から中国の頭を押さえつけるためのロシアとの良好な関係が必須条件となる。また、それは急速な核兵器開発を進める北朝鮮への牽制(けんせい)にもなる。さらに経済上の問題としても、原発の代替である火力発電を強化するために、ロシアの石油や天然ガスを安価に輸入するためのパイプライン施設などのロジスティクスを整備できることは非常に魅力的である。

 一方で、ロシア側にも日本と協力しなければならない事情がある。というのも、ウクライナ問題で対峙(たいじ)する欧米諸国による経済制裁はロシア経済を徐々に圧迫しつつあり、したがってロシアとしても日本との通商関係を進展させることでその影響を減じたい要望があるからである。このように現状では、日露両国ともに相互協力すべき条件が整備されているかつてないほどの千載一遇の機会が訪れている。

 これに加えて日本にはもう一つ、アメリカの大統領選挙の動向という看過できない要素がある。周知のとおりトランプ候補とクリントン候補のいずれが次期大統領になるにせよ、今後は日本にとって厳しい時代がやってくるのは明白である。その場合に日本は「ロシア・カード」を持つことにより、アメリカの新たな外交政策に対応していくことが可能となると考えられる。

避けるべき「尖閣化」

 いずれにしろ日本にとって避けねばならないのは、「北方領土の尖閣化」である。もし日中関係がさらにこじれるような事態が生じた際に、最低でもロシアを「中立化」させることができればその影響を緩和することが期待できる。したがって、そのためにはたとえ4島すべての返還がならずとも、2島返還もしくは4島ともに今後の定期的な協議議題とする確約をロシアに認めさせるいわゆる「棚上げ方式」を実現するだけでも大きな意義を持つと言えよう。

 以上のように、日露関係をしっかりと進展させることは日本の外交政策が今後四半世紀の土台を確立するための総仕上げとしての必須条件であり、その意味で、いよいよ安倍外交がその正念場を迎える時代が来たといえよう。