安保法国会審議は未熟 議論に欠けた中国の脅威

南シナ海を脅かす中国

 「海国とは何の謂ぞ、地続きの隣国無くして四方皆海に沿える国を謂う也。軍艦に乗じて順風を得れば、日本道二、三百里の遠海も一、二日に走り来る也。備えに怠る事なかれ。江戸の日本橋より唐(から)、阿蘭陀(オランダ)迄境なしの水路也」―これは江戸時代後期の寛政3年(1791年)に上梓された林子平の『海国兵談』の一節である。

 この『海国兵談』は海外の大勢から見て海防の最も緊要なこと、海国にふさわしい国防体制を敷くことが必要であると主張した警世の書で、我が国最初の海防論と言われるものである。

 中でも刮目すべきところは、日本にとって第一の脅威はシナで、次なる脅威がロシアであるとし、すでにこれら二国を仮想敵国として捉えていることである。林子平の慧眼によれば、シナは北辺の憂いがなくなった時に海外侵略を企てるというもので、清国はロシア以上に脅威の対象であったのだ。

 翻って林子平の憂患から220余年、現在の海洋国家日本は大きな脅威に直面している。東シナ海では中国公船による尖閣周辺海域への領海侵入が常態化し、中国漁船による領海侵入も急増している。また中国海軍艦艇が海自護衛艦に火器管制レーダーを照射したり、中国空軍戦闘機が自衛隊機に異常接近した事件など看過することのできない問題が起きている。

 さらに深刻なのは南シナ海だ。中国は南シナ海中央部を覆う境界線を「九段線」と称して、その内部の海域は明代より中国の歴史的な水域であるとして、すべての島の領有権を主張しているのだ。

 中国は今年に入って南シナ海の南沙諸島の七つの環礁を次々と埋め立てて人工島の完成を目指している。先月、ハリス米太平洋軍司令官は上院軍事委員会の公聴会に出席し、「中国が南沙諸島内で3000㍍級の滑走路を3カ所で建設している」と証言した。

 3000㍍の滑走路が完成すれば、戦闘機や爆撃機、大型輸送機も発着可能だ。これに燃料・弾薬の補給施設や港湾施設が建設されると人工島はまさしく不沈空母となり、南シナ海全域が中国軍機の活動範囲となる。

 我々は70年前の敗戦を忘れてはなるまい。マッカーサー元帥は「フィリピン群島の海・空の基地を抑える者は、必然的に日本の産業への主な補給の動脈を抑えることになる。この動脈を切断すれば日本の資源はたちまち干上がる。南シナ海の横の広さは平均数百㌔に過ぎないから、水域全体は我々の爆撃機と潜水艦で容易に制圧することができる」(『マッカーサー大戦回顧録』)と述べている。

 南シナ海は日本の生命線とも言うべきシーレーンが通っているのである。現在、日本の海上貿易量の5割、原油の9割、液化天然ガスの7割近くが南シナ海を航行する船舶によってもたらされているのだ。そしてこのシーレーンは事実上、米海軍の第7艦隊によって守られていることを知らねばならない。

具体的で本質的議論を

 漸く安全保障関連法が成立したが、野党の「戦争法案反対」、「憲法違反」を連呼するだけの下劣極まりない抵抗戦術には鈍(おぞ)ましさを禁じ得ぬものがあった。

 南シナ海での中国の脅威にどう対処するのか。有事の際の「重要影響事態」や「存立危機事態」についてもっと具体的で本質的な安全保障論議があって然る可(べ)きではなかったか。そうすれば日本を取り巻く安全保障環境が如何に厳しく、劇的に変化しているかが国民にも理解ができたのではないかと思っている。