デジタルリスクの展望 ~米・中・露 情報戦の実情~

世日クラブ講演要旨

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田容子氏

コロナ禍逆手にSNS戦略

 日本安全保障・危機管理学会上席フェローの新田容子氏は22日、世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤譲良・近藤プランニングス)で、「デジタルリスクの展望~米・中・露 情報戦の実情~」と題し講演。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、動画サイト「ユーチューブ」のライブ配信を通じて行われた。新田氏は、新型コロナで批判を浴びた中国のSNS戦略について、世界中の中国大使館員らがツイッターで偽りの情報や中国の功績を称(たた)える情報を通常の300倍発信したと明らかにした。以下は講演要旨。

中国の「功績」通常の300倍発信
国家存続の鍵は情報戦力

 近年企業やメディアなどで「デジタル」という言葉をよく使うようになった。「デジタル」はどんな分野もITツールを使ってより速く、より便利にビジネスを効率よく行うこと。「デジタルリスク」の中には「AI(人工知能)」や「ラーニングマシン」なども入ってくる。「デジタル革命」という言葉があるように、われわれの社会の基盤をITの力でどれだけ進めていけるかというのが「デジタル化」だ。

動画サイト「ユーチューブ」のライブ配信で語る新田容子氏=22日、千葉県市川市

 にった・ようこ 日本安全保障・危機管理学会上席フェロー。ロシア部会座長。専門はインテリジェンス及びロシアの情報戦略。防衛大学客席研究員、日欧安全保障プロジェクトメンバーなどを歴任。EU、イスラエル、ドイツより若手国際リーダーに選出される。

 日本のメディアには、「尖閣諸島に中国船が来た」など、中国の話が多く入ってきている。とても大事な情報だが、中国はそれだけ情報を出し、手の内を見せてくれるということ。「われわれはこれだけやっている」と。これが中国のやり方。経済力だけではなく、安全保障の脅威の面でも中国は目立つ。一方ロシアは手の内を明かさない。日本のメディアの中でもロシアの話題はあまり入ってこない。ロシアの情報戦は世界に類がないと言っても過言ではない。サイバー攻撃に関してもそうだ。

 今回の新型コロナウイルスで中国が世界から批判された。そこで中国は逆に「中国の勝利」に書き換える戦略を打ち立てた。そもそも中国は検閲やプロパガンダを普通に政権や国家メディアが利用しているが、今回はSNSの戦略を用いた。

 世界の中国大使館員らがツイッターで、「中国がやったのではなく、米生物研究所から流出した」などと、通常の300倍の情報を発信した。またウイルスに対して、中国がいかに優れた対処をしているかということも世界に発信した。

 イタリアが大きな被害を受けた際も、中国は物資や薬を大量に送った。「中国が真心をもって助ける」と。これも一つの戦略で、彼らはEUの分断を狙っている。EUの議長が「イタリアを見殺しにしてしまった」と詫(わ)びていたが、そこを中露は当初から見ていた。

 中国はこの情報オペレーションのやり方をロシアから学んだ。ロシアは昔からこのような戦略に長けている。「ロシアトゥデイ」や「スプートニク」などの媒体を通して世界中に発信している。中国はこれまで多言語で発信していなかったため、ロシアの媒体を利用した。ロシアと中国の共通の敵は米国であるため、ロシアは必然的に中国のバックアップをした。中国はロシアのツールを利用して中国がいかにコロナ対策に秀でているかを国際社会に刷り込んでいる。「システミックアプローチ」という戦略だ。

 米中(米露)対立は民主主義を揺るがす要素を多大に含んでいる。中露は情報戦の中で「共産主義の良さ」ではなく、「民主主義がどれだけ悪いか」ということをアメリカの国民に向けて発信する。「民主主義は(国会で)決めるのが遅い」とか、「政府と専門家で情報が食い違っている」、「米国のやり方は人権侵害だ」などと主張する。米国民の中にも当然、「何を信じたらいいのだろう」という不安があり、そこに付け込んでいる。

 現在、日本のサイバー部隊は220人で構成されている。ただし日本のサイバー部隊の目的は、あくまでも防衛省のネットワークをイントラで守るということ。国民や企業のネット空間を守るというわけではない。

 以前米国でサイバーコマンドのトップと話す機会があった。当時日本のサイバー部隊は80人だったが、米国は既に6000人規模だった。その話をすると「80人もいるのか」と驚かれた。戦中の日本の情報力を知っているからだ。米国は戦後日本からインテリジェンスの能力を削(そ)いだが、それくらい恐れている。正直なところ、日本にはインテリジェンス能力を持たせてはいけないと思っている。

 7、8年前から、サイバー攻撃を食い止めるため、国連において国際的なルール形成をしようという動きがあった。わが国も外務省からサイバー大使を派遣し、協議を続けてきた。日本はさまざまな国に働き掛けてきたが、中国やロシアのロビー活動が功を奏し、中露になびく国が増えてしまった。

 情報をどう捉えるかが国家によって違うことが一番大きな原因だ。日本や米国は、「民主主義の恩恵を享受できるためのインターネット」を目指しているが、中露は国家がコントロールすべきであると考えている。このことを国連に訴えて、ブラジルをはじめ、さまざまな国を味方につけ、協議は結局物別れに終わってしまった。

 情報戦においては、現状を見ることも必要だが、歴史を分析することが大切だ。米国もそうだが、「自分たちはこうだから、相手国もこうであるに違いない」という考え方がどうしても抜けない。そんなことは決してあり得ない。中国とロシアの歴史を昔から紐(ひも)解いていくと、やはり血というものがある。

 特にロシアの手口は昔から変わらない。相手をよく知るということが非常に重要だ。ロシアは日本をよく研究しており、恐ろしいほどよく知っている。ロシアはさまざまな民族に攻められた歴史があり、猜疑(さいぎ)心の塊になっているからだ。

 日本と中国の関係は1000年以上の歴史がある。米国よりも前から中国にサイバー攻撃を掛けられたり、企業から情報を盗(と)られている。そのような中国に関する知識を米国に提供していくべきだ。また、驚くべきことに、北朝鮮の拉致問題について知らないG7(主要7カ国)国家の政治家が多い。もっと日本は声高々に訴えていかなければならない。日本が国際社会の中で孤立していかないためにも、情報の発信がとても重要だ。

 世界の通信の95%以上は海底ケーブルを通じて行われている。したがって海底ケーブルをどこに敷設するか、またその数も国家戦略として見る必要がある。以前ロシアとの会合で、彼らが「日本と海底ケーブルを結ぶ協定を持ちたい」と持ち掛けてきた。ケーブルは通信そのものであるため情報窃盗のツールにもなる。今後「デジチャイナ」「デジジャパン」「デジワールド」になっていく上で、海底ケーブルでどことどこを結ぶかということが重要になってくる。

 ドバイで2018年に行われた国際電気通信連合(ITU)の選挙で中国の趙厚麟氏が事務局長に再選されたが、この時ロシアがかなりバックアップした。このような中露の結託について、日本のみならず世界でも懐疑的に見る傾向が強い。「中露にはそれぞれの思惑があり、結び付くはずがない」と。しかし彼らはやりたくてやっているわけではない。共通の敵である米国があり、自分たちの国益のためならば、中露の結託は今後も続くだろう。なぜならば特にロシアの国家戦略は国家の利益が根本にあるからだ。