「埋め立て取り消し」「代理署名拒否」、知事の違法行為は沖縄の恥
《 沖 縄 時 評 》
法治を壊す翁長、大田両氏
「翁長知事と大田元知事は沖縄の恥だ」と主張するのは、2人の知事を政治的に嫌いだからだと思うかもしれない。2人が嫌いであることは否定しない。しかし、嫌いだから「沖縄の恥」と主張しているのではない。
理由は知事でありながら違法行為をしたからである。
大田昌秀元知事は、知事だった1995(平成7)年に代理署名を拒否した。代理署名とは反戦地主が米軍への貸与を拒否した場合、県知事が代理署名をすることである。代理署名は駐留軍用地特措法の規定により県知事が代理署名するのを義務付けられていたが、大田知事は拒否したのである。拒否は違法行為であった。日本は法治国家である。国が大田知事の違法行為を許すはずがない。
その時の政権は自民党ではなかった。旧社会党を中心とした連合政権であり、首相は社会党の村山氏であった。社会党は革新系であり米軍基地撤去の立場だったから大田知事の代理署名を応援する側であった。しかし、政権を握っていた社会党は公的な立場にあり法律を守らなければならない立場にあった。日本行政の最高位にある村山首相は駐留軍用地特措法に違反していた大田知事の代理署名拒否を容認することはできなかった。
村山政権は、1995(平成7)年9月29日、地方自治法に基づき、駐留軍用地特措法の規定により義務付けられた代理署名の手続きに応じるよう沖縄県に勧告し、同年11月29日には文書による勧告を行うが、大田知事はそれを拒否した。
代理署名を行うべきか否かは法律を守るか否かである。公の立場にある知事が違法行為をするのは許されない。ところが大田知事は政治思想を優先して違法行為をやったのである。
村山政権は沖縄県知事を被告とする職務執行命令訴訟を福岡高等裁判所那覇支部に提訴した。判決の結果、県は敗訴した。県は最高裁判所に上告するが、最高裁判所の判決で上告は棄却され、沖縄県の敗訴が確定した。違法行為をしたのだから当然である。
◆「取り消しは違法」
翁長雄志知事は私的に第三者委員会を設置した。第三者委員会は、仲井真弘多前知事が承認した埋め立て申請書には瑕疵があるとの結論を出した。そのことを根拠にして翁長知事は辺野古埋め立て取り消しをする決心をした。
翁長知事は取り消しの通告をする前に、防衛局の言い分を聞くために「聴聞」の通知を出した。しかし、沖縄防衛局は「聴聞」の席に出席しないで、回答文書に当たる陳述書を提出した。陳述書には翁長知事が予想していなかったことが書いてあった。「承認に瑕疵はない」は予想通りであったが、それ以外に「取り消しは違法」という文言があった。
陳述書の「取り消しは違法」という文言は翁長知事を脅したり圧力をかけて取り消しを引っ込めさせるために使ったのではない。防衛局がそんなことをするはずがない。防衛局は「取り消しは違法」であることが100%近くの確信があったから翁長知事に忠告をしたのである。知事たるものが違法行為をしてはならない。取り消しが違法であるなら翁長知事は取り消しをやめるべきであった。もし翁長知事が取り消しをしたら政府は訴訟を起こすのは確実である。裁判で翁長知事が勝つ可能性は限りなくゼロに近いのも明らかである。
しかし、「取り消しは違法」であると忠告されたにも関わらず翁長知事は埋め立て承認取り消し処分の撤回を求める国土交通相の是正勧告を拒否した。翁長知事が是正勧告を拒否したので、国土交通相は地方自治法に則って文書で是正勧告をした。
それに対して翁長知事は是正勧告拒否の回答文書を国土交通相に発送した。翁長知事は「承認取り消しは適法と考えており、是正勧告に従うことはできない」との考えを改めて主張した。しかし、翁長知事は「適法」である根拠を法的に説明することはなかった。「取り消し」は法律の問題であるし、翁長知事には顧問弁護士もいるのだから「取り消し」が「適法」であるなら法的に説明するべきであったが、翁長知事はやらなかった。なぜやらなかったか、答えはひとつ、取り消しは適法ではないからである。
国土交通相が是正勧告を出した理由は翁長知事が違法行為をしたからである。知事は公的な存在であるから違法行為をやってはいけない。だから、是正しなさいと勧告したのである。しかし、翁長知事は是正を拒否した。是正指示にも従わないので国は地方自治法に則って代執行を求めて高裁に提訴した。国が勝訴するのは明らかである。
◆掟破りな政治思想
戦後の日本は20歳以上のすべての国民に選挙権が与えられ、国民に選ばれた議員によって法律が制定される議会制民主主義国家である。国会で法律を制定し、法律は全国民が守るのを義務とする。戦後の日本は戦前よりもいっそう法治主義が徹底されていった。
知事は沖縄では行政のトップの地位にある。公の仕事をする県知事は法を守るのは絶対でなければならない。県知事が法を破ることはあってはならないことである。
知事の政治思想は大事である。政治思想による選挙公約を掲げて政治家は知事選に立候補する。当選した政治家は知事となり自分の政治思想を実現するために行動する。しかし、知事は違法なことをしてはならない。法治主義に徹しなければならない。ところが大田元知事と翁長知事は法律を破ったのである。
翁長知事と大田元知事は知事でありながら違法行為をした。だから2人は沖縄の恥であると私のように考える人は少ないかもしれない。私がそのように考えるのは自著「沖縄に内なる民主主義はあるか」(地方・小出版流通センター、2012年)の第1章「琉球処分はなにを処分したか」を書くために廃藩置県について調べた時、日本の近代化の始まりは四民平等(四民=士農工商)と法治主義にあることを改めて認識したからである。
1891年(明治24年)、日本を訪問中のロシア皇太子・ニコライ(のちのニコライ2世)が、滋賀県大津市で警備中の巡査・津田三蔵に突然斬りかかられ負傷した。いわゆる大津事件である。この件で、時の内閣は対露関係の悪化をおそれ、大逆罪(皇族に対し危害を加える罪)の適用と、津田に対する死刑を求め、司法に圧力をかけた。しかし、大審院長の児島惟謙は、この事件に同罪を適用せず、法律の規定通り普通人に対する謀殺未遂罪を適用するよう、担当裁判官に指示した。かくして、津田を無期徒刑(無期懲役)とする判決が下された。この一件によって、日本が立憲国家・法治国家として法治主義と司法権の独立を確立させたことを世に知らしめた。(「沖縄に内なる民主主義はあるか」より)
◆法治に徹した日本
法治主義なしには日本の近代化はあり得なかったのである。明治政府が四民平等と法治主義の実現に尽力したことを証明するもうひとつの法律に私は出会った。
2年前に慰安婦が世界ではセックススレイブ=性奴隷と呼ばれているのに私は驚いた。慰安婦が性奴隷であるはずはないと私は思った。なぜなら明治時代は四民平等の精神から始まったからである。
法治主義であった明治時代には売春に関する法律もあるだろうと予想して私は売春に関する法律を探した。法律はあった。ある裁判でイギリスの弁護士に日本にも奴隷がいる、それは遊郭の遊女だと指摘された明治政府は遊女の人権を守る法律を作った。それが「娼妓取締規則(明治33年10月)」である。
大陸の日本軍はこの法律に則って慰安所をつくったことが分かった。明治政府が四民平等と法治主義に徹していたことを「娼妓取締規則」を知ってますます確信した。
明治時代の四民平等、法治主義から始まった日本は、戦後は普通選挙による議会制民主主義国家になり法治主義がますます深化していった。議会制民主主義の根幹のひとつは法治主義である。県知事は政治思想より法治主義に徹しなければならない。違法行為は絶対にやってはいけない。しかし、翁長知事と大田元知事は政治思想を優先させて違法行為をやったのである。法治主義に唾する翁長知事と大田元知事は沖縄の恥である。
(小説家・又吉 康隆)