朱建栄氏拘束の真相はエージェントの「引き締め」か

強まる中国の言論統制

 東洋学園大学教授の朱建栄氏が中国当局に拘束されてから4カ月が経った。メディアにおける中国当局寄りの発言から、その代弁者と見られていた朱氏がこともあろうに中国当局に拘束された原因についてはさまざまな憶測が流れているが、国家機密を漏洩(ろうえい)した疑いが持たれているとの見方が強まっている。

 一方、衆院を通過し、参院で審議中の特定秘密保護法案について、一部マスコミや左翼をはじめとした反対派は「言論弾圧の暗黒の時代が来る」とヒステリックな声を上げるが、中国が情報統制・諜報活動を強化すればするほど、日本における秘密保全の体制整備の必要性がより鮮明となっている。反対派が期待するほどに、国民の間で特定秘密保護法案に対する反対運動が盛り上がらない理由はここにあるのだろう。

 月刊誌12月号には、朱氏の拘束を、中国当局による言論弾圧および諜報活動の強化と見るとともに、秘密保全体制が不備で“スパイ天国”と化しているわが国の現状に警鐘を鳴らす論考が目立つ。

 その一つは、遠藤誉・東京福祉大学国際交流センター長の論考「『朱建栄教授 拘束事件』の真相」(「WiLL」)だ。遠藤氏は論考の中で、朱氏が拘束される前の今年1月末、同氏から国家機密と見られる「参考消息」がメールで送信されてきた事実と、中国当局が今年5月、思想統一キャンペーンを展開する通達を出した事実を明らかにしている。

 つまり、帰国前に中国の機密公文書を流した朱氏は、中国が言論規制を強化し出したそのまっただ中に飛び込んだことになる。このため、遠藤氏は「(朱氏の)情勢判断が甘かったのではないか」と指摘する。

 ジャーナリストの坂間義隆氏は、その論考「朱建栄事件にみる中国・諜報活動の裏表」(「正論」)で、「朱教授が過去の研究取材の中で培った軍幹部をはじめとする人脈、そこから得た情報が拘束への一因になった可能性は高い」と分析。さらに、朱氏のように中国当局に拘束されたとみられる「失踪者」は少なくとも5人はいると、日本当局が把握していることを明らかにしている。

 そして、これらの失踪者には、かつて中国諜報機関が運営に関与する研究機関に属していたことと、「日本では著名な政治家や研究機関と日常的にアクセスしていたことなど」の共通点があるという。こうした事実を考慮した上で、「朱教授をエージェントと断定するわけではないが」と断りながらも、拘束した中国当局の意図については「エージェントたちの緩みに対する一種の『引き締め』ではないか」と推測している。

 「言論弾圧」「人権侵害」との批判を意に介することもなく、自国寄りの発言を繰り広げる学者を長期間拘束するのは一党独裁国家・中国ならではのことだが、我々日本人が朱氏拘束事件から読み取るべき教訓は、今回の事件と、秘密保全体制が不備で“スパイ天国”と言われるわが国の実態が深く結びついていることだろう。

 坂間氏も「我が国でも研究機関、企業、地域で働き、学ぶ中国人の中にかなりの諜報活動協力者やプロ・エージェントが含まれているのは間違いない」と指摘した上で、臨時国会で審議中の特定秘密保護法案について「中国などによる日本での諜報活動の展開、企業から国家まで横断しての機密情報漏洩の表面化などの現実を国民的議論していくよい契機」と訴える。

 産経新聞中国総局(北京)特派員の矢板明夫氏は、在日の中国人研究者らが拘束されている背景には、「国家安全保障会議(日本版NSC)に対する中国情報当局の焦り」があるという。逆に言うと、これまでスパイ天国だった日本は、中国諜報機関にとっては「くみしやすい相手」だったのだ(「朱建栄氏はなぜ拘束されたのか」=「中央公論」)。

 また、村井友秀・防衛大学校国際関係学科教授はインタビュー「対日工作、諜報活動…食い物にされる日本」(「中央公論」)で「中国にとって、日本は『ローリスク・ハイリターン』で情報が取れる国」としながら、「情報というものに対する感度を高めないと、日本はこれからも食い物にされるだろう」と警告する。

 編集委員 森田 清策