コロナ後の世界 「直系家族」の再評価

個人主義国で死亡率高い

 「ロックダウン」(都市封鎖)のできない日本が、新型コロナウイルスによる被害をこれまでのところ最小限に抑え込んでいるのは、世界から見れば「奇跡」なのだという。なぜそうなっているのか。

 総力特集「コロナ後の世界」を組んだ「文藝春秋」7月号で、作家・数学者の藤原正彦は「日本の新型コロナ対策はことごとく見当違いに見えるが、結果的には世界で最も死亡率を低く抑えた国の一つである。奇妙な成功」という米外交誌フォーリン・ポリシーの分析を紹介。

 その上で「医療従事者の献身はもちろんですが、国民の高い公衆衛生意識、規律や秩序など高い公の精神、すなわち民度の高さの勝利」と評価した(「『日本人の品格』だけが日本を守る」)。日本人にとっては常識(伝統的な美徳)にそって行動したにすぎないことでも、西洋人の目には「奇跡」と映るのだろう。

 「文藝春秋」で「死は嘘(うそ)をつかない」として、コロナ感染による死亡率から「各国の現実」を分析したのは、フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド。人口10万人当たりの死者数(5月15日時点)を比較すると、ベルギー77・4、スペイン58・0、イタリア51・5、英国50・0、フランス40・4、米国25・7。一方、日本や韓国は0・5程度と低い。

 この数字を見て、トッドは「『個人主義的』で『女性の地位が高い』」国で、死亡率が高く、「『権威主義的』で『女性の地位が低い』国で、死亡率が低くなっています」と興味深い分析を行っている。

 つまり、「直系家族」の国である日本では、規律や秩序を重んじる伝統的な価値観が個人の行動を抑制し、強制措置を取らなくても「ステイホーム」を促しやすくなる。それが被害の拡大を防いだのだろう。直系家族とは、子供が結婚して親と同居し、それが縦につながる家族のことだ。日本の場合は、ここに清潔を保つ習慣がある国民性が重なり、低い死亡率という「奇跡」につながったと見ることができる。

 日本で、コロナ感染第2波のカギを握るのは「夜の街」対策だが、家族を守ろうとする人間なら「3密」そのものとも言える店で、感染覚悟で享楽に身を委ねはしまい。家族の存在は、人の行動にブレーキをかけることになるのだ。

 今回のパンデミックによって世界で「価値観の変化」が起きるというのは多くの識者が指摘する点だが、その価値観の変化について、藤原は「経済至上主義への懐疑が強まり、アメリカ的な功利主義とか金銭崇拝とか効率能率追求、といった価値観が後退しそうです」とする一方、「金銭で測れないもの、身の回りにあるささやかな幸せ、安全、安心などの価値を高く評価するようになる」という。

 具体的には「美しい自然、豊かな文化や芸術、教養、道徳、人類への貢献としての基礎科学など、金に結びつかない、金で測れないものの価値が見直される」としている。金で測れないものの代表は家族だ。

 「死が日常隣り合わせにある状態で、今日の命をどう生きるか、そのことを真剣に考えさせてくれるとしたら、今回の災厄も、意味があったと言えるかもしれない」と述べたのは、東京大学名誉教授の村上陽一郎(「近代科学と日本の課題」=「中央公論」7月号)。高齢者と共に生活する直系家族は身近に死を考えさせる役割を果たす。パンデミックによる価値観の変化は、家族を中心に起きるのではないか。

 編集委員 森田 清策