トランプ氏演説、各紙から言外に聞く<もうクリントンで仕方ない>

◆挙党体制とは程遠い

 「国民のレベル以上の政治家は生まれない」というが、米国の共和党大統領候補に指名された実業家のドナルド・トランプ氏が21日夜(現地時間)に、オハイオ州クリーブランドの党大会で行った指名受諾演説を報じ論ずるメディアに接するにつけ、米国の凋落(ちょうらく)に嘆息を禁じ得ない。

 民主党から8年ぶりの政権奪還を訴えたトランプ氏は外交・安全保障、経済政策などで「米国第一」の国益最優先の政策、言葉を代えれば孤立主義に突き進む考えを改めて示した。共和党の大統領候補予備選では当初、泡沫候補とみられていたトランプ氏は「炎上商法選挙戦略」で放つ奔放な言動で注目と人気取りに腐心してきた。オバマ大統領のリベラルに傾斜する変革に対し、上下両院で多数議席を占めながらそれを術(すべ)なく許してきた共和党指導部への不信・不満を持つ人々の心をつかむポピュリズム(大衆迎合主義)色の強い主張を展開して、共和党主流の候補を押し退けのし上がってきたのである。

 だからであるが、党大会にはブッシュ元、前大統領や予備選を争った開催地オハイオ州知事のケーシック氏ら党重鎮が欠席。予備選2位のテッド・クルーズ上院議員も演説でトランプ氏支持を明言しないなど、挙党態勢とは程遠い深刻な亀裂が浮き彫りになった。トランプ氏自身も、指名演説では党の結束を呼び掛けず、もっぱら反TPPや不法移民阻止で国境の「壁」建設などの持論と大統領選を争うクリントン氏の個人攻撃に終始した。

◆大国の弁え説く朝日

 それは「トランプ氏は、11月8日までの本選を、共和党代表というより、『トランプ党』の代表として戦うことになるのではないか」(小川聡・アメリカ総局長、読売23日)というほどのもので、「本来、希望的な将来像を競い合うはずの米大統領選は今回、トランプ氏とクリントン氏という不人気候補同士による『どちらがましか』の争いとなってしまっている」(小紙23日・早川俊行)のである。

 それだけに、トランプ氏の指名受諾演説に対する各紙の論調は懐疑、懸念、憂慮にあふれたものとなるのは当然としても、日頃、相対的に反日、反米色の濃い朝日が米国に、世界に責任を持つ大国の弁(わきま)えを諄々(じゅんじゅん)と説いていることが何か別物を見るようで印象深い。

 「これが世界の安定と発展に大きな責任を担う国の指導者にふさわしい演説だろうか」と書き出した朝日(社説・23日)は、トランプ氏の「米国第一主義」が異例ずくめの例の一つに、自由貿易推進の党の立場を覆す保護主義的な貿易政策を唱えていることを挙げ、世界秩序の流動化の「危機感を理由に国ごと殻に閉じこもろうというのは、あまりに時代錯誤的な孤立主義」で、「正式な候補になれば、現実的な政策に転じる」と考えた「期待はずれに終わった」と斬る。

 日米同盟と世界の安保環境についても「強国が力任せに周辺国を脅かしたり、独裁政権が人権を侵害したりする行為が各地で続く今(※どちらも中国を指してのことか?)、同盟国が結束して危機を封じる意義はむしろ増している」と説く。だったら安保関連法案で、あんなに反対論調で染めることもないのでは、と言いたくもなるが、それは置いておいて、「偏狭な『米国第一主義』は、米国にも世界にも利益をもたらさない」とトランプ氏に諭して社説を結んでいる。朝日の正論に座布団1枚を。

◆党の変質危ぶむ産経

 正論の本家・産経(23日・主張)は、泡沫候補とみなされた「人物が共和党の大統領候補というのも、今の米国の現実」で「その政策の危うさには、強く懸念を抱かざるを得ない」とトランプ氏とともに共和党の変質を危ぶむのである。

 指名演説で「大衆の怒りと恐怖を煽(あお)るポピュリズムや孤立主義を改めて鮮明にしたこと」を懸念する読売(24日・社説)は、党内主流派の信任厚いインディアナ州のマイク・ペンス知事が副大統領候補に指名されたが「(調整役を担い)融和は期待できまい」と早くも匙(さじ)を投げた格好。毎日(23日・同)は、同盟国に米軍駐留経費の「応分の負担」を求めるトランプ氏の姿勢を「身勝手」と批判し、「緊密な同盟国を減らせば、テロ対策も不十分になり、ライバルのロシアや中国に有利に働く。なにより米国の安全が危うくなる」とたしなめる。各紙の論調はいずれも言外に、11月の本選は<不毛の選択だが、もうクリントンで仕方ない>とのつぶやきに聞こえてくるのだが、さて。

(堀本和博)