南シナ海問題で対中制裁の「せ」の字も出なかったNHK「日曜討論」
◆判決を無視する中国
オランダ・ハーグの仲裁裁判所が南シナ海をめぐるフィリピンの提訴を審理し、中国が主張する「九段線」は法的根拠がなく、中国の管轄権を認めない判決を出したが、ラオス・ビエンチャンで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議はこれを共同声明に盛り込まなかった。また、ASEAN地域フォーラム(ARF)議長声明でも同判決に触れなかった。
中国はカンボジア、ラオスを味方に付け、外交場裏で「赤信号みんなで渡れば怖くない」とばかりに自らの国際法違反の正当化に奔走した。なおも南シナ海でベトナム、フィリピンなどとの間に領有権問題のある島や環礁を埋め立て、軍用機による監視を強め、軍拡を続ける中国の暴走は、アジア地域の一大国際問題となっている。
ASEAN外相会議を前にした24日のNHK「日曜討論」は、「南シナ海 仲裁裁判 中国とどう向き合う」と題するテーマだった。出演した識者は元駐米大使で上智大学国際関係研究所代表の藤崎一郎氏、東洋学園大学教授の朱建栄氏、神田外語大学教授の興梠一郎氏、東京理科大学教授の大庭三枝氏、慶應義塾大学准教授の神保謙氏ら。
番組タイトルの言葉をつなげば、「南シナ海をめぐる仲裁裁判判決を無視する中国とどう向き合うか」ということだろうが、対中制裁の「せ」の字も識者が想定外で語り得ない情勢に、南シナ海周辺地域の弱点と暴挙への歯止めが掛からぬ口惜しさを感じる。
◆「紙くず発言」は失態
判決について藤崎氏は、「大変筋の通った鮮やかな判断だと思う」と評価。また、「拘束力があるわけだから各国は従わなければならないが、中国は予想外に強いものが出たので焦っているようだ」と述べ、「大変難しい状況を自ら招いた」と観測した。
中国側の立場に立つ朱氏は、「仲裁の前提は2国間の合意の上で提訴する。しかし、フィリピンは一方的に提訴した。主権、領土に関するものは仲裁の対象ではないというのが中国の立場だ。越権行為であり今回の判断イコール国際法と拡大解釈してはならない」と非難した。
番組では判決への中国側の反応として、王毅外相の「茶番劇は終わりだ」、劉振民外務次官の「判断は紙くずだ」とのコメントを紹介したが、朱氏の発言よりも中国当局者の方が過激で口汚い。朱氏は「中国は国際社会で発展してきた。中国は基本的には平和路線でこれからも国際法を守っていく」とも発言したが、すでに破っているので全くの眉唾物だ。
興梠氏は「初期段階で紙くず発言だから、あれがフィリピンを刺激した。フィリピンにとってこれ(判決)は宝で、これをかざして大国中国とやっと話し合うことができる。この一番大事なカードを持ってくるなと言われた」と述べ、判決後の2国間交渉に向けても居丈高に振る舞う中国を「外交的失態だ」と批判した。
ただ、中国は力ずくで押し切ってくる。内陸国のラオス、南シナ海に面してないカンボジアなどを経済支援することにより取り込み、ASEANの結束を切り崩した。期間中開かれた日中外相会談でも中国は「日本は当事者ではない」とはねつけて、中国・フィリピンの2国関係だと強調したが、フィリピンに対しては判決棚上げを迫っている。
◆航行の自由を再確認
大庭氏はこのような強硬姿勢の中国を「フィリピンは想定内」と評した。また、米国の態度について神保氏は、ルソン島の西200㌔にあるスカボロー礁の埋め立てに中国が着手しても、「米国には海上を封鎖する覚悟はないと思う。航行の自由を確認する行動に留(とど)まる」と見通した。つまり、これまでと状況が変わらず止められないということだ。
が、その中で、航行の自由を確認し続けることは意味が大きいだろう。万里の長城を築いた秦の始皇帝にも似て、中国の習近平主席は独裁的に権力を掌握し、南シナ海の島々を埋め立てて軍事要塞化を図っている。しかし、仲裁判決はそれらの人工島に排他的経済水域を認めず、南シナ海の航行の自由を法的にも再確認した。
万里の長城も北方民族がたやすく突破したように、仲裁裁判所判断による法の力も「九段線」を突破した。このお墨付きを奇貨としASEAN諸国はじめ全世界の国々には結束して、中国の威嚇に臆することなく「みんなで南シナ海を渡る」勇気を持ってほしいものだ。
(窪田伸雄)










