[フランス美術事情]セザンヌとカンディンスキー


美術界に大きな地殻変動、ポストコロナのデジタル芸術鑑賞

【フランス美術事情】セザンヌとカンディンスキー

「カンディンスキー、抽象化の長い冒険」では作品の中に入り込んだ感覚に襲われる ©Culturespaces/E.Spiller

 近代西洋絵画の幕開けを告げる19世紀生まれの巨匠を2人挙げるとすれば、おそらく具象絵画ではポール・セザンヌ、抽象絵画ではワシリー・カンディンスキーだろう。2人は産業革命の科学の台頭する中、2次元空間の伝統的絵画に決定的な新たな方向を与えた。

 彼らの核心的挑戦は西洋美術の流れに作り手として、過去にない変革をもたらしたわけだが、今度は作品の鑑賞者に対して新しい技術が鑑賞方法並びに美術市場の在り方を大きく変えようとしている。それはデジタル技術がもたらしたものだ。

 今でも世界中の美術館は世界に1枚しかない本物の絵を展示し、来館者が鑑賞するのが基本だし、美術品の競売も市場に出回る本物の絵の売り買いが中心だ。しかし、コロナ禍はデジタル化の進歩に拍車を掛け、美術界に大きな地殻変動をもたらしている。

 パリのデジタルアート・センターであるアトリエ・デルミエールでは今、ポール・セザンヌとワシリー・カンディンスキーという近代の巨匠2人の展覧会が開催されている(2023年1月2日まで)。

 来館者が作品と一定の距離を置いて鑑賞するのではなく、デジタルが提供する没入型展覧会の最初は「セザンヌ、プロヴァンスの光」。セザンヌの地元、エクサン・プロヴァンスの牧歌的な自然は鳥の鳴き声で演出され、モチーフとされた林檎(りんご)の絵が部屋一面に映し出され、代表作『水浴』では鑑賞者も水浴している感覚を味わうことができる。

 「カンディンスキー、抽象化の長い冒険」では、ロシアとフランスのフォーヴィスムの遺産からバウハウスを経て、第2部では抽象へ向かう旅を体験できる。訪問者は20世紀初頭のカンディンスキーの比喩的な時代を通過し、やがて抽象に移っていく過程をワーグナーやジャズの音楽とともに体験する。

 これは、訪問者がデジタルテクノロジーと音楽の演出で2人の画家の世界をショートトリップで体験する21世紀の展覧会だ。

 このような展覧会の鍵を握るのは芸術監督で、今回はジャン・フランコ・イアンヌッツィが担当している。感覚優先ではなく、背後にはしっかりした美術史を踏まえたコンテクストがあるのに好感を覚える。

 例えば、セザンヌのモチーフの複眼的解体と2次空間での再統合の試みをデジタルで再構成することで、セザンヌがもたらした絵画史上の大変革を誰もが体感でき、理解できる。また、カンディンスキーの難解さが、来館者には楽しめる芸術に変えられている。

 実は20年以上、バーチャル美術館や芸術のデジタル化に取り組んできたフランスでは、コロナ禍でデジタル観賞の方法論が高度化し、芸術が大衆に浸透するための新たな試みが続けられている。難解な抽象絵画に新たな視点を与え、理解する方法に貢献している。

 ちなみにデジタル化という意味では、英国の現代アートギャラリー、ユニット・ロンドンが「永遠の美術史:ダヴィンチからモディリアーニまで」を開催し、イタリア絵画の傑作のレプリカを展示することに加え、ギャラリーはそれらをNFTの暗号化資産として販売している。収益の一部は作品提供する所蔵美術館が受け取る。

(安部雅延)