欧州、トランプ外交に対抗

 トランプ米大統領は8日、2015年7月に合意したイランとの核合意から離脱し、解除した対イラン制裁を再実施していく旨の大統領令に署名した。トランプ氏の決定は予想されていたが、米国のイラン核合意離脱は関係国に大きな波紋を呼んでいる。以下、独週刊誌シュピーゲル電子版やとオーストリア通信(APA)などの関連記事を参考に、欧州の声をまとめた。
(ウィーン・小川 敏)

米国のイラン核合意離脱、金融・企業制裁 懸念強まる

 欧州連合(EU)の主要国ドイツのメルケル首相は11日、訪問先のミュンスターで米国のイラン核合意離脱について「大きな懸念であり、遺憾だ」と指摘、「核合意は理想からは程遠いかもしれないが、国連安保理事会決議で採択された合意を一方的に離脱することは正しくない。米国のイラン核合意離脱は国際社会に大きなダメージを与え、国際秩序への信頼を破壊している」と述べた。トランプ大統領に対してはこれまで自制してきた面があったメルケル首相だが、今回ははっきりと批判している。

メルケル氏

11日、ドイツ北西部ミュンスターで演説するメルケル首相。米のイラン核合意離脱を明確に批判した(EPA=時事)

 フランスのジャン=イブ・ル・ドリアン外相は「イランとビジネスをしている企業に対し、米国が制裁で脅迫することは受け入れられない」と強い口調で批判している。

 欧州の企業はイランとのビジネスを停止するために6カ月の期限を与えられている。ル・ドリアン外相は「ル・パリジャン」紙の中で、「制裁が国境を越え適用されることは受け入れられない。欧州は米国の制裁のために代価を支払うが、米国自身は支払わない」と不満を爆発させている。イラン核合意では欧州はロシアや中国と共に最初からその堅持を主張してきた経緯がある。

 欧州の銀行はトランプ氏のイラン核合意離脱表明前から世界の金融界を支配する米国の制裁を恐れ、米国当局との対立を避けるためにその活動を抑制してきた。トランプ大統領の離脱宣言で世界の金融界は揺れ動き、原油価格は高騰してきた。

 ハイコ・マース独外相は11日、独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で「欧州は米国と協議し、交渉する用意がある。欧州と米国の不協和音はイラン核合意の離脱表明前から表面化してきた問題だ」と指摘している。

 トランプ氏は、昨年1月には環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱、同年6月、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱を表明、同年10月にはパリに本部を置く国連教育科学文化機関(ユネスコ)から脱退した。

 イラン核合意離脱で最初に困難に遭遇する欧州の大企業はエアバス社だ。エアバス社や米ボーイング社はイランへの旅客機販売ライセンスを剥奪されるだろう。その結果、イラン航空への200機の商談(総額383億ドル)はパーになる可能性が出てきたわけだ(受注は100機はエアバス社、80機ボーイング社、残り20機はターボプロップ機メーカーATR社=仏伊コンソーシアム)。受注時の契約書には契約解除の項目がなかったという。

 ルクセンブルクのジャン・アセルボーン外相は11日、「欧州は米国に追随すべきではない。われわれは5億人の欧州国民に義務を負っている。商談の破綻を阻止しなければならない」と警告し、「米国がイラン核合意から離脱したいのならそれは米国の問題だ。われわれは合意を維持する。われわれには後見人は必要ではない」と強調している。

 アセルボーン外相の発言は多くの欧州人の本音を言い表している。それは「欧州は今こそ結束して米国と向かい合うべきだ。しかし、米国を敵に回すのではなく、トランプ大統領の政治ポジションに反対するためだ」というものだ。

 フランスのブリュノ・ル・メフレー経済・財務相は5月末、ドイツのオーラフ・ショルツ財務相と英国のフィリップ・ハモンド財務相と共に米国のイラン制裁について緊急協議する予定だ。

 ちなみに、メフレー経済・財務相は11日、米国のスティーブン・ムニューシン財務長官と電話協議し、フランス企業を制裁対象から外してほしいと要請したという。フランスの場合、総合石油会社トタルや自動車メーカーのルノー社が制裁の影響を受ける危険性があるからだ。

 EUのフェデリカ・モゲリーニ外務・安全保障政策上級代表によると、イラン核合意を締結した欧州3国(英、仏、独)の外相とイランのモハンマド・ジャバード・ザリフ外相が15日、ブリュッセルで会合し、米国のイラン核合意離脱への対応について協議するという。メルケル首相は近日中に、ロシアのプーチン大統領とソチで会談する。欧州指導者がトランプ大統領の外交政策に対抗する動きを強めてきたのだ。