前法王が再び苦悩する時
独週刊誌シュピーゲル最新号(10月17日号)は自分は同性愛者と告白したバチカン法王庁教理省のハラムサ神父(Krzysztof Charamsa)とのインタビュー記事を掲載していた。会見場所は同神父のパートナーが住んでいるスペインのバルセロナ市内だ。同神父の同性愛告白はこのコラム欄でも紹介済みだが、シュピーゲル誌を読んで驚いた点があった。ハラムサ神父がバチカン教理省に働くようになったのは、前法王べネディクト16世(在位2005年4月~13年2月)が教理省長官時代(ラッツィンガー枢機卿)、スカウトしたからだというのだ。
バチカン法王庁教理省の前身は異端裁判所だ。ガリレオ・ガリレイ(1564~1642年)の異端裁判を実施したところだ。“カトリック教義の番人”と呼ばれている。べネディクト16世が教理省長官時代(1981~2005年)、ハラムサ神父をローマに呼んだというのだ。その理由は、ハラムサ神父が神学者として特筆に値するほど優秀だったからだ。同神父は2003年、ローマの法王庁立のグレゴリアン大学を最優秀の成績で卒業した。同神父の能力を高く評価したラッツィンガー教理省長官は「ぜひ、教理省に来てほしい」とスカウトしたいうのだ。
べネディクト16世は2005年、同性愛者は聖職に従事できないという法王公布を発布したが、ハラムサ神父は同公布の作成者の一人だった。同神父はインタビューの中で、「同性愛者であった自分がそのような公布を作成することに葛藤があった」と述べ、聖職者と同性愛者の2つの世界で生きてきた日々を吐露している。
しかし、3日の同性愛告白は決して衝動的なものではなく、事前に考え抜いてきたうえでの結論だった。カトリック教会の家庭、婚姻問題などを協議する世界代表司教会議(シノドス)開催前日に記者会見を招集したことは、神父が同性愛告白を最大限に効果的に演出できると考えた結果だった。
シュピーゲル誌の神父会見記事を読んで、「べネディクト16世はどのように受け止めているだろうか」と直ぐに考えた。同16世自身がスカウトした神学者がカトリック教会を大きく震撼させているのだ。複雑な思いを感じているかもしれない。
同16世は生来、学者だった。大学教授、教理省長官を長い間務めた後、ローマ法王に選出された時、「ラッツィンガー長官は牧会体験が皆無だ。これまで本を読み、書斎の人だった。信者の心を理解できないのではないか」という批判的な声が聞かれた。ハラムサ神父も「べネディクト16世は知的には天才的だが、世俗社会の動向にはまったく疎い」と述べている。
いずれにしても、ハラムサ神父をバチカン教理省にスカウトしたのはべネディクト16世だ。同16世は人間を見る目がなかった、といわれても致し方がないかもしれない。
べネディクト16世は2010年4月、マルタを訪問し、同国の聖職者から性的虐待を受けた8人の犠牲者と非公開の場で会見した時、話を聞きながら泣き出したという。同16世には、神に召された聖職者が性犯罪を犯すとは理解できなかったのだ。
べネディクト16世とハラムサ神父は一種の師弟関係だ。弟子の同性愛告白に最もショックを受けたのは、やはりべネディクト16世かもしれない。
(ウィーン在住)