殺到する難民は「トロイアの木馬」?


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「トロイアの木馬の行進」ジョヴァンニ・ドメ二コ・ティエポロ画(ウィキぺディアから)

 欧州諸国は北アフリカ・中東諸国から殺到する難民・移民への対応で苦慮しているが、欧州に避難する難民・移民たちを「トロイアの木馬」と見なし、欧州のイスラム化に対し脅威を感じる声が出始めている。

 「トロイアの木馬」とは、ギリシャ神話に出てくる戦争道具で、トロイア戦争でトロイア軍を壊滅させるうえで大きな役割を果たした。ギリシャ神話の英雄、オデュッセウスの提案に基づき、トロイア軍を騙すために大きな木馬を作り、その中に兵士を隠し、トロイア軍兵舎に送り込んだ。トロイア軍兵士が戦いに勝利したと思って祝賀をあげ、酔って眠ったところ、木馬から兵士が飛び出して、トロイア軍を壊滅させたという話から、敵軍を騙す戦略として「トロイアの木馬」という表現が使われる。

 そして21世紀の欧州で「トロイアの木馬」が展開されているというのだ。多くのイスラム教徒が難民として欧州に殺到。キリスト教社会の欧州では「紛争地から逃げてきた兄弟を救え」ということで人道支援が行われているが、欧州に定着したイスラム教徒の難民・移民がある日、キリスト教社会を攻撃するというストーリーだ。この場合、「トロイアの木馬」に隠れていた兵士とは、イスラム教徒の難民・移民を意味し、酔って眠ったトロイア軍の兵士は、人道支援で難民・移民を受け入れたキリスト教社会を指す。

 ところで、イスラム教徒の難民・移民の殺到を「トロイアの木馬」に譬えたスペインのローマ・カトリック教会バレンシア大司教が「外国排斥発言」と批判され、辞任要求を受けているというのだ。

 バチカン放送独語電子版が17日報じたところによると、バレンシア大司教のアントニオ・カニサレス枢機卿は15日、殺到するイスラム教徒の難民を「トロイアの木馬」の侵略と評した。それが伝わると、バレンシア市のリボ市長は、「枢機卿は難民を批判する極右派と同じだ。困窮に瀕した難民への連帯を呼びかけるフランシスコ法王の願いに反する」と指摘した。バルセロナ市のアン・クム―市長も枢機卿の発言を「民族主義的」と批判している一人だ。

 難民・移民の殺到を「トロイアの木馬」と譬えた枢機卿の真意をハンガリーのオルバン首相の発言を通じて少し説明してみよう。

 オルバン首相は先日、オーストリア日刊紙「プレッセ」らのインタビューの中で、「欧州のキリスト社会は弱さを抱えている。少子化であり、家庭は崩壊し、離婚が多い。一方、イスラム教徒は家庭を重視し、子供も多い。人口学的にみて、時間の経過と共にイスラム教徒が社会の過半数を占めることは避けられない」と述べた(「なぜハンガリーは難民を拒むか」2015年9月20日参考)。「宗派の違いは問題ではない。神の前にはすべて兄弟姉妹だ」(オーストリアのカトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿)というキリスト教社会はイスラム教徒の侵略に無残にも敗北していくという警告が含まれていた。

記憶力の良い読者ならば、仏人気作家ミシェル・ウエルベック 氏の最新小説「服従」(独語訳タイトル)のストーリーを思い出すだろう。ローマ・カトリック教国のフランスで2022年、仏大統領選でイスラム系大統領が選出されるというストーリーで、大きな反響を呼んだばかりだ。同作家が「トロイアの木馬」の話を意識していたかは分からないが、酔って眠った(神を見失い、世俗化した社会)キリスト教信者たちに代わって、イスラム教徒がある日、実権を掌握するという近未来の話だ。

 カニサレス枢機卿の「トロイアの木馬」発言は批判に晒されたが、イスラム教徒の難民・移民の殺到に直面して多くの欧州人は「トロイアの木馬」の脅威を感じ始めている。しかし、それを口に出すことは「外国人排斥」と受け取られる一方、隣人愛を説くキリスト教の精神に反するということから、久しくタブー扱いされてきた。だから、そのタブーを破った枢機卿が批判を受けるのは避けられなかったわけだ。

(ウィーン在住)