欧州で反ユダヤ主義が復活

チャールズ・クラウトハマー米コラムニスト  チャールズ・クラウトハマー

イスラエルへの連帯を

イラン核保有は直接の脅威

 【ワシントン】アウシュビッツ解放70年の1月27日、恒例の式典が行われ、哀悼と「二度と起こさない」という誓いが表明される中、欧州で悲しい現実が目撃されている。反ユダヤ主義が、猛烈な勢いで欧州に返ってているのだ。

 これは例年のことだ。パリのユダヤ食料品店で起きた殺戮(さつりく)は、シャルリエブドでの事件と関連付けられなければ、世界がこれほど注目することはなかっただろう。トゥールーズでラビと3人の子供が殺害された時も、ブリュッセルのユダヤ博物館で4人が殺害されたテロ事件も注目されることはなかった。

 欧州での反ユダヤ主義の高まりは実際には、従来の状況に戻っただけにすぎない。欧州ではホロコーストを恥じるあまり、一時的に変則的な事態が起きて反ユダヤ主義が社会的に受け入れられなくなった。それ以前は、迫害、追放、虐殺など敵意に満ちた反ユダヤ主義は、1000年にわたって欧州では当たり前のことだった。

 だがこの中断は終わった。反ユダヤ主義が復活し、猛烈な勢いで息を吹き返している。ガザ情勢に抗議するイタリア人らがチラシを配り、ユダヤ人商店のボイコットを求めた。まるで1930年代のようだ。人気の高いフランス人コメディアンは、いろいろなパターンのナチ式の敬礼を取り入れた。ベルリンでは、ガザをめぐって群衆が「ユダヤ、ユダヤ、臆病な豚。出てこい、一対一で戦え」と気勢を上げた。

 欧州の反ユダヤ主義は、ユダヤが悪いのではない。問題は欧州にある。これは、欧州にとって汚点であり、その病巣は根深く取り除くことができない。

 ところが、ユダヤ人から見ると、欧州の反ユダヤ主義は付け足し程度のものでしかない。ユダヤ民族の物語は終わった。アウシュビッツで滅びた。欧州が果たしていたユダヤ世界の中心としての役割は、イスラエルに取って代わられた。現在の世界最大のユダヤ人コミュニティーはイスラエルだ。

 ユダヤ人の未来にとっての脅威は欧州ではなく、イスラム教徒の中東にある。反ユダヤ主義の中心であり、反ユダヤの文学、映画、「血の中傷」を生み出す工場であり、暴力や大虐殺の再来を求める者さえいる。

 ハマスの基本綱領は、イスラエルの破壊を訴え、あらゆる場所のユダヤ人殺人を求めている。ヒズボラの指導者、ハサン・ナスララは、イスラエルへのユダヤ人の移民を歓迎した。殺しやすくなることがその理由だ。「全ユダヤ人がイスラエルに集まれば、世界中を追跡して回る手間が省ける」ということだ。そしてイラン。イスラエルの殲滅(せんめつ)を国家としての聖なる使命と宣言している。

 米国、欧州、穏健アラブ諸国には、終末論的で、狂信的反欧米の聖職者らが支配するイラン政府が爆弾を手に入れることを防ごうとする強力な理由がある。つまり、イランの覇権、テロ組織などへの核拡散、基本的な国家安全保障だ。だが、この理由はイスラエルとは無関係だ。

 イスラエルとなると事情は違ってくる。直接的で差し迫った、国の存続に関わる脅威だからだ。

 心配は要らないと知ったふうに言う事情通もいる。抑止力が働くからだ。だが、ソ連には効果がなかったではないか。核の時代に入ってわずか17年後、抑止力が働かず、危うく全面核戦争に突入という事態を迎えた。さらに、神を否定する共産主義者らは、天国での報いを期待しない。無神論者の考えは、死の観念にとりつかれた聖戦主義者とは違う。ソ連に自爆テロリストがいただろうか。

 イランのラフサンジャニ元大統領は、小国イスラエルを爆弾一発の国と言ったことがある。イスラエルの抑止力を認めたが、その非対称性についても指摘した。「核爆弾を使用すれば、イスラエルは灰燼(かいじん)に帰すが、イスラム世界はダメージを受けるだけだ」。イスラエルが滅び、イスラムは生き残る。抑止力などこんなものだ。

 イランに関して抑止力が働いたとしても、それで話が終わるわけではない。イランが核爆弾を入手すれば、トルコ、エジプト、湾岸諸国などイスラム6カ国で核兵器競争が起きる。世界でも特に不安定な地域だ。穏健で親米のイエメンでも、あっという間に親イランの反政府組織によって崩壊させられるようなところだ。

 この不安定極まりない地域で、6方向からの抑止力が、硬直した二極構造の冷戦時の抑止力と同じように働くとは思えない。

 イランの核爆弾は、国家安全保障、同盟、中東地域の問題だ。しかし、それは、イスラエルが世界で唯一、殲滅の脅迫を公然と受ける国という点では、ユダヤ特有の問題でもある。核兵器保有の可能性は、イスラエル存続にとって確実に脅威となる。

 アウシュビッツ解放70周年を迎え、亡くなったユダヤ人を追慕することは簡単だ。許しを請うのも同じだ。本当に死者を弔いたいと思うなら、今存在しているイスラエルと600万人のユダヤ人との連帯を示してほしい。空虚な追悼の言葉よりも、「二度と起こさない」確約が欲しい。ナチス・ドイツは7年かけて600万人のユダヤ人を殺害した。イランが核爆弾を持てば、1日でできる。

(1月30日)