トランプ政権の行方と日本の戦略

世日クラブ講演要旨

米中対立で日本の役割重要に

笹川平和財団上席研究員 渡部恒雄氏

 世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良(ゆずる)・近藤プランニングス代表取締役)の定期講演会が4月16日、都内で開かれ、笹川平和財団の渡部恒雄上席研究員が「トランプ政権の行方と日本の戦略」と題して講演した。渡部氏は、トランプ大統領の下で内向き化する米国への対応として、日本は地域安全保障に積極的に関与することが必要だと強調。日本が米国の役割を肩代わりすることはできないため、豪州、インド、東南アジア、欧州と連携することが重要であり、「(安倍政権が掲げる)自由で開かれたインド太平洋構想は、そういうラインで非常に正しい」と語った。以下は講演要旨。

豪・印・欧州との連携強化を
国際関与に消極的な米政権

 かつて日本ではイラク戦争に反対する人が多くいたが、日本は同盟国として支持するしかないと、私は考えていた。その理屈はこうだ。米国は血を流して世界の秩序のために動いている。米国がその役割をやめたら、日本が代わりにできるのか。だが、米国は今、その方向に向かっている。その先鞭(せんべん)をつけたのが、オバマ大統領だと思う。トランプ大統領もそのラインだ。

渡部恒雄氏

  わたなべ・つねお 1963年、福島県生まれ。88年、東北大学歯学部卒。95年、ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程修了。同年、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)に入所。CSIS上級研究員、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員などを経て、現在、笹川平和財団上席研究員。著書に『大国の暴走―「米・中・露」三帝国はなぜ世界を脅かすのか』(共著)、『戦後日本の歴史認識』(同)などがある。

 トランプ氏とその周りの人たちは、国際関与に消極的だ。特に他国のために軍を派遣して血を流したくない、と思っている。これがアメリカ・ファーストの本質だ。これは、日本としては頭が痛い。日本は米国が維持してきたリベラルな国際秩序により、ここまで発展してきた。トランプ政権は当初、共和党の伝統的な国際主義者とトランプ主義的な脱国際主義者が混在していた。だが、マティス国防長官の退任などで、トランプ氏のイエスマンか、脱国際主義者のラインに収束してきた。

 トランプ氏は2018年3月までは、それなりに国際主義者のアドバイスも聞いていた。コーン前国家経済会議(NEC)委員長やマティス前国防長官ら国際主義者、自由貿易主義者らの存在感は大きかった。特に、17年夏に就任したケリー首席補佐官は、政権発足から混乱していたトランプ政権に一定の規律をもたらし、政権に安定をもたらした。だが、そのケリー氏もトランプ氏の不興を買い、18年2月ぐらいには影響力を失った。

 トランプ氏は18年3月8日、鉄鋼とアルミニウムの輸入に追加関税を課して輸入制限の発動を命じる文書に署名した。中国だけではなく日本や欧州の同盟国も対象になった。これに対してコーン氏が抗議の辞任をする。後任のクドローNEC委員長は、トランプ氏にノーと言わない人だ。トランプ政権は次第にトランプ氏に異議を唱える人物が解任され、イエスマンで固められている。

 トランプ氏が勝手にやり始めた昨年3、4月には、支持率がやや上がった。それにより、自信を深め、自分一人でうまくやれると思ったようだ。その時期、トランプ氏は「私の最高のアドバイザーは私自身だ」と発言している。トランプ氏の唯我独尊のラインはこの時期に完成する。

 北朝鮮問題はどう転ぶか分からない。トランプ氏は交渉に当たってゴールを決めない。『トランプ自伝』で書いているように、トランプ氏は交渉で相手に自分がどう出るか絶対に教えない。本人も相手に合わせて自分を決める。これでは国家戦略はつくれない。

 今までの現職の米大統領は北朝鮮のリーダーとは直接会わなかった。下に任せておくからだめなんだ、というトランプ氏の主張は一理ある。北朝鮮の体制を考えれば、最後はトップ同士の交渉しかないと、私も思っていた。だから、金正恩氏を交渉に引きずり出したのは悪くなかった。ただ、問題は、トランプ氏の方向性が決まっていないことだ。

 ハノイでの米朝首脳会談に対する大方の予想は、北朝鮮に寧辺の核施設を放棄させ、その見返りに制裁解除や朝鮮戦争の終結宣言、相互連絡事務所の設置などでお茶を濁すと思われていた。日本はこれを極めて恐れていた。ところが、意外にも、トランプ氏はもっと踏み込んで、全面的な核廃棄を要求した。

 トランプ氏はサプライズを好む。あまり妥協してしまうとインパクトが弱い。事前の予想をひっくり返した方が意外性がある、と思ったのではないか。意表を突いて厳しい球を投げるのがトランプ流だ。北朝鮮が驚いてビッグバーゲンに乗ってくるのを期待している。

 北朝鮮と妥協しなかったことは、米国内で評価されている。リベラル系のメディアですら、変な合意をするよりは良かったと言っている。少なくともトランプ政権では、北朝鮮に対する強硬ラインが維持された。これは日本にとって安心材料だ。

 米中貿易戦争に関するビッグクエスチョンは、トランプ政権が中国とのサプライチェーンを完全に切り離すところまで踏み込むのかどうかだ。ただ、今すぐ切り離せば、米国経済にも大きく影響するのでできないだろう。トランプ氏の最優先課題は、来年の大統領選での再選だからだ。米大統領選挙は一般的に現職が有利で、経済が良い限り、トランプ氏が勝つ確率は、フィフティー・フィフティー以上が期待できるからだ。しかも、民主党がまとまらなければ、さらに有利になる。

 私の予想では、米中貿易協議は、選挙戦開始前のどこかで合意する。だが、合意後も米国の厳しい追及は終わらないだろう。かつて日米貿易摩擦がいつまでも終わらなかったのと同じで、米国は中国が自らの立場を脅かす敵ではないと安心する瞬間まで厳しい姿勢を続けるだろう。

 日米貿易摩擦はプラザ合意とその後のバブル経済とその崩壊によって収束していった。ということは、米中のせめぎ合いは、中国の経済がある程度弱くなり、安全保障上の潜在的な脅威だと米国が考えなくなるまで続くだろう。

 日本が取るべき戦略は、まず抑止力を高め、中国が「出来心」で日本を軍事的に試す価値があると考えさせない、つまり、隙を見せない防衛体制を維持することだ。そのためには、日本自体の防衛力と米国との同盟関係を強化することだ。

 これに加え、内向きの米国への対応として、積極的な地域安全保障への関与が必要だ。日本は米国の役割を肩代わりすることはできない。しかし、豪州、東南アジア、欧州、インドなど米国の同盟国、友好国と協力して、地域安定のための公共財を負担することはできる。自由で開かれたインド太平洋構想は、そういうラインで非常に正しい。

 トランプ政権には良い部分と悪い部分があるが、中国と真剣に向き合っているところは良い部分だ。中国との競争となったら、トランプ氏は同盟国を重視せざるを得ない。ただしトランプ大統領自身は同盟の価値を理解していない。中国も頼れる同盟国はほとんど持っていない。

 今後は、米国と中国がどれだけ多くの同盟国、支持者を持つか、という勝負になる。それはハードパワーではなく、ソフトパワーの違いだ。日本の仕事は、豪州、インド、東南アジア、欧州と連携し、米国が維持してきた自由で開かれた国際秩序のために結集しやすい環境をつくることだ。