教育で防げた新幹線殺傷
東海道新幹線の中で、悲惨な殺傷事件が起きた。1人の男性をナタで殺害し、2人の女性を傷つける悲惨な事件で、何のいわれもない男女3人を殺傷し、車内は血まみれとなったが、犯人の小島一朗容疑者(22)には深い動機があったようだ。
犯罪の多くは、隠れて秘(ひそ)かに盗みや殺人となるのだろうが、自暴自棄とも思われる無謀さがあり、むしろ、望んで刑務所の独房暮らしを目指しているとも思われる異常さがある。
メディア情報範囲内でしか得られない我々の情報だが、私は戦後教育の欠陥として、自立の基本である愛国心とか、父母への報恩感謝の思い、さらに兄弟姉妹の助け合いや友情など、人間の成長過程で学ぶべき共通の倫理観が、教育の場で行われなかったのではないか、と思うのだが如何(いかが)だろうか。
戦後の日教組による、社・共両党の政治的支配下に置かれた異常な小・中・高の学校教育は、世間の想像以上に深刻なものだった。
それは敗戦という負の遺産を背負った、異常な公教育の世界であった。公教育にたずさわる教師たちが反日、反道徳を唱える政党に侵された異常な世界だったのである。ある地域では教職員会議に校長は入れないとか、国旗・国歌反対、道徳教育反対、主任制度反対などの組合指令をそのまま学校教育現場に取り入れた。
小島容疑者は、一般メディアの情報では、躾(しつけ)に厳しい父親を避けて家を出、祖母の家で暮らしていたという。祖母の家も出て数カ月、野宿をしながら放浪生活を続け、その間にナタとナイフを買い殺傷を目的に、新幹線に乗ったのだろう。そこで事件を起こし、彼は捕らえられた。
人々は、なぜ、無関係な全くの他人に切りつけ、殺傷事件を起こしたのか理解するのは難しく、ひたすら彼の行動を責める。
しかし、彼の心中を思えば、行き場がなくなった青年は、刑務所に安住の地を求めたのだ。もちろん、死刑も覚悟の上のことであろう。自分の人生に、何の目的も、意識も、見いだすことができなかったのだ。厳しく叱る父親からは逃げ出すしか生きる方法はなかったし、教える教師も親もなかったのだ。
もしも教育の場で、幼い少年の心に、「生み、育ててくれた親を大事にしなさい。何でも良いから、世のため、人のために尽くす知識・技術を身につけなさい。誰もがゼロから始まるのです。自分の努力だけが力となるのです。そうして社会に役立つ人間になることです」と、教師から教えられていたら…。
「それが、苦労して生み育ててくれた父母への恩返しになるのです。家族の皆が喜んでくれるあなた自身になるのです」と教える教師が彼と出会っていたら…。今回の大きな殺傷事件は、起こらなかったはずである。
私の教師体験から、それは確信できることである。
22歳の青年、小島一朗容疑者の表情は、自死か、他殺か、そのいずれも選び、成し遂げた安堵(あんど)の表情に見えた。彼は人を殺しても安住の場を求めたのだ。その心を親も教師も知るべきであろう。