幼児教育の無償化 効果は貧困家庭に限定
「質」高める取り組み重要
幼児教育の無償化が国会だけでなく、論壇でも論議されている。昨年の総選挙の争点になる一方、与党は「人づくり革命」の政策パッケージの目玉として、幼児教育を無償化するとしている。
背景にあるのは少子化問題。若い世代で、理想とする子供数は少なくないにもかかわらず、子供の数が減っているのは、子育てや教育にお金がかかることが最大の要因になっているからだ。
月刊誌3月号で、この問題をテーマにした論考は二つ。慶應義塾大学准教授の中室牧子の「教育無償化の論点―政治的流行を超えて」(「中央公論」)と、作家の橘玲の「教育無償化は税金のムダ使いだ」(「文藝春秋」)。論点は、幼児から高等教育まで幅広いが、ここでは幼児教育の無償化に絞って考えたい。
論考の中で、中室は、幼児教育への重点的投資については、一定の評価を示している。教育無償化論議で、ほとんどの識者が言及するのはノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学教授のジェームズ・ヘックマンの研究。中室もこの研究で、「質の高い幼児教育が子どもたちのその後の人生における学歴・就業・収入などにプラスの効果をもたらすことを示し、幼児教育は他の教育段階と比較して、社会的収益率の高い投資であることを明らかにした」としている。
ただ、5歳児の就学率が96%と高いわが国では、無償化による追加的な就学率上昇は極めて限定的であり、3~5歳児では「無償化が最優先で行われるべき課題とは考えられない」としており、全面的な評価ではない。一方、0~2歳児の保育では、低所得世帯に限れば、「保護者の就労を可能にするという観点だけでなく、子どもたちの発育・発達の面でも重要」と強調する。
結局、「人づくり革命」を考えるなら、議論を深めるべきは幼児教育の無償化よりも、保育の質を高めるための取り組みであろう。中室は保育の質に加えて、保育士の待遇改善、そして出産前の母子の心身の健康をサポートする仕組みが重要で、そこに税金を投入すべきであると訴えている。
橘が幼児教育に限らず、教育無償化を否定的に捉えていることは、論考のタイトルを見れば分かることだが、その理由は、無償化が「教育関係者への補助金」で、「その大半は教職員の給与」に当てられるからだとする。
むろん、新興国なら、初等教育を無償化することに大きな意義があるとしながらも、日本のような豊かな国では、その「投資効果」は期待薄。個人のレベルではプラス効果があったとしても、「社会的リターン」は限定的という。この点は、中室と同じような主張である。
他方、橘はヘックマンの研究で、重要な指摘を行っている。「ヘックマンを引用するひとたちが(たぶん)意図的に無視しているのは、ベースとなった就学前教育の実験対象が黒人の貧困家庭の子どもたちだったことだ」という部分だ。このため、教育への投資に社会的リターンがあるとしても、日本では「政策として正当化できるのは、母子家庭など貧困層の子どもたちへの支援だろう」と分析する。
政府案では、幼児教育・保育で0~2歳児は、住民税非課税世帯(年収約250万円未満)を対象に無償化するとしているが、この年齢層の乳幼児を保育園に預けるのは、両親共働きが多いことから、無償化の対象にはならず、何らかの事情で母子家庭となったケースがほとんどである。それなら、母子家庭を対象にした子供の貧困対策を充実させた方がいいとの考え方も成り立つ。
教育問題が論壇で議論されることは歓迎すべきことだが、現在の議論で物足りないのは、家庭における子育ての質向上についての言及がほとんどないことだ。参院議員の山谷えり子は、産経新聞(1月24日付)への寄稿で、「ヘックマン先生の研究は、金銭ではなく、『愛情と子育ての力、良質な幼児教育が大切』と家庭と公教育の重要性を指摘している」と述べている。
3歳くらいまでは、家庭で子育てしたいと望む女性も少なくないのだから、親の子育て力を高め、良質な幼児教育をどう担保するか、についての議論が今後、深まることを期待したい。(敬称略)
編集委員 森田 清策