将来を考える若者 テロや自殺は大人の責任

18歳選挙権で健全に

 今年、平成28年の参院選挙は、初の18~19歳の若者たちに選挙権が与えられ、その結果は自民、公明の圧倒的勝利に終わった。

 非改選と合わせて与党146議席、野党96議席の差は、恐らく我々年輩者の想像を超えるものだった。報道各社の出口調査によると、18~19歳の過半数が与党に投票したという。

 現代の若者たちは真に国家の将来を考えている、と私は実感した。“平和ボケ”と呼ばれた戦後の日本人の感覚は、この若者たちの手で徐々に健全なものに変わっていくと感じた。

 時代は変わるのが常である。英国民は欧州連合(EU)離脱を決め、キャメロン首相は退任に追い込まれ、新たにテリーザ・メイ首相が就任した。米国は大統領選挙を控え、共和党が大統領候補に決めた異色のトランプ氏が移民に反対を唱え、日米防衛問題にも触れている。

 隣接する中国の少々無謀な海域進出、南シナ海での埋め立てによる基地造りは異常であり、我が国は防衛を強くし警戒を強める必要がある。常に近隣諸国の動きには気をつけることだ。

 日本も防衛力の強化を図る時期かも知れない。折しも、安倍首相の下で改憲勢力が衆参とも3分の2を占めたパワーにより、憲法改正に向かうこともあるだろう。

 将棋にも、「先手必勝」の言葉がある。

 ぼんやり平和ボケしていると、思わぬ落とし穴に陥る可能性はいつの世にもある。

 ただ、18歳、19歳の新たな若者たちの政治参加で、日本の政治風土も変わるかも知れない。我々年輩者の大人たちは少し席をずらして、新たな若い力を大人の知恵と配慮で世界に押し出すことも必要であろう。歴史、文化を守りながらも豊かな未来を築く責任もあるのだ。

 今、ヨーロッパ各地において、イスラム系の若者の暴走、自爆テロが起きている。9・11のニューヨーク高層ビルへのテロ事件が、その始まりであることを忘れてはならない。

 国を護(まも)るのは将来の我が子、我が孫の安全、幸福を願う我々大人の責任である。

 世界情勢をいち早くつかみ、国民の精神力を高め、国家の平和と安全、繁栄を保つには、それなりの力、パワーが必要である。

 学校が夏期休暇に入った今、“子供の自殺注意”の新聞記事が目に入った。なんと過去42年間(1972~2013)に、18歳以下の子供の自殺が1万8048人、平均すると1年に429人の子供たちが自殺していたと知って驚いた(日経7・17)。

 子供たちは、親の愛と、教師らの人間愛と正義に生きる勇気と情熱を与えられて、苦しい人生を強く生き抜く力を持つことができるのだ。私の教師の体験からも、それは確信できる。

命を絶つほどの孤独感

 教師は子供の未来と国家の未来を創る大きな責任を背負っている。それを自覚しない教師は、「労働者」であって教育者ではない。

 かつて公立学校小・中・高の教師たちに、政党政治がからむ異常事態が長く続いた。それは今でも政治解決されず、革新系労組、日教組として残存している。

 ある日舞い込んできた北海道・石狩市に住む母親からの中3男子生徒の自殺事件の相談がそれであった。

 北海道大学教授の夫は教授会の政治活動を嫌い、私大教授に転職。この少年の母親は夫から異常な教員労組の実態を聞いていたのでPTA活動を避け、中元・歳暮の贈り物で担任(男性)教師に礼を尽くしていた。

 担任教師はそれをよいことに、その男子生徒に暴力を集中した。その教師の机には酒瓶が常に入っていたという。

 少年の兄は入浴のたびに弟の体に青あざを見つけて母に告げたが、母親は対処せず、遂に高校進学を目前にして、少年は首つり自殺をした。“母は強し”が死語となってはならないのだ。

 幼い者たちに、大人の身勝手を感じせしめ、教師たちの教育愛と責任が欠けたとき、子供たちは救いがたい孤独感に襲われることを大人は知らねばならない。健全な常識を持つ大人社会が、子供たちに生きる喜びと力を与えることを知るべきである。