ロシア軍機撃墜、対IS戦線にほころびも
トルコ軍機が「領空侵犯」を理由にロシア軍機を撃墜した事件は、過激派組織「イスラム国(IS)」壊滅に一致して動こうとしていた国際社会の一体化を破壊する方向に向かう懸念を生じさせている。
(カイロ・鈴木眞吉)
中東でロシアの影響力拡大か
エルドアン・トルコ大統領は、ロシアがこれだけ大きく反発することを予想できなかったこともあったのだろうが、それ以上に、同大統領の歴史的強権体質が、誤った判断を生じさせた可能性がある。
今までは彼の強権体質は、数年前のダボス会議の席上、ペレス前イスラエル大統領に向かった以外はほとんどが国内に向けられていたので、何とか収拾できたとの自信があったのだろう。軍人や裁判官、警官、過去一緒に戦った仲間、クルド人勢力、デモ隊などを大量逮捕するなど、常軌を逸したと思われる強権行使であっても、国内の人物が対象だったことから、国内問題として、同大統領の影響力圏内で力を行使し、乗り切っていた感がある。
ところが今回は相手が悪い。国内権力が及ばない外国元首であることもだが、現在、世界一の軍事力と経済力を持ちながらも優柔不断と無能から何の影響力も発揮できないでいるオバマ米大統領と正反対に、冷酷とも言えるほどに冷静な頭脳と判断力、決断力、行動力を有して、「世界一影響力の強い政治家」と見なされるプーチン・ロシア大統領を相手にしたからだ。
ロシア機撃墜という誤った決断を下した原因の二つ目は、オスマン帝国の再興を熱望するあまり、国際社会の動きを客観的に捉えられず、IS掃討を名目としながらも実質、クルド人勢力を攻撃し、アサド政権壊滅を目指して行動していることにある。
オスマン帝国再興にとって、シーア派政権(ないしは世俗政権)であるアサド政権やクルド人勢力は邪魔者であるのに対し、ISや反体制イスラム勢力、今回ロシア機が領空侵犯したと糾弾した地域に居住するトルクメン人は、共闘仲間であり、ことにISなどの過激派勢力は先頭切ってオスマン帝国を切り開いてくれる友軍になり得るのだ。国際社会が願う対ISよりも、エルドアン氏が願う対クルド闘争を優先する姿勢が、この誤った判断をさせたものとみられる。同国東南部ディヤルバクルで11月28日、クルド人の有力男性弁護士が何者かに銃撃され、死亡した。クルド人らは政府が同弁護士を殺害したと批判、首都やイスタンブールで抗議デモを展開した。
一方、プーチン大統領は11月26日、「エルドアン政権はISの石油売買に関与している」と指摘、「略奪された石油を積んだ車列が昼夜、シリアからトルコに入り、まるで動くパイプラインだ」と批判した。トルコがISと裏でつながり、「ISの共犯者」になっている実態を暴露したのだ。一説には、エルドアン氏の娘婿のベラト・アルバイラク・エネルギー相が密輸に関わっているという。
エルドアン氏は今になって、その失策に気付き始めたのだろうか、しきりに和解を呼び掛けているものの、プーチン大統領は、さらにトルコに対する各種制裁を強めており、28日にはロシア国内に出張中のトルコ人企業関係者26人を拘束する挙に出た。
今後の展開は不明ながら、ロシアが軟化しなければ、トルコは北大西洋条約機構(NATO)からも信用を失い、EU加盟はさらに遠のくだろう。NATOやEU、米国は、改めて、エルドアン氏の狙いを見極めるべきだろう。エルドアン氏の目指す国家・地域・世界は、民主主義とは正反対のイスラム主義だからだ。それは宗教独裁に転化する危険性を内包している。
プーチン大統領は、今回の事件を最大限に利用、今後中東地域から欧米圏の影響力を払拭し、ロシアの影響力拡大を強力に推し進めるものとみられる。