次世代型産業の受け皿作りへ
ソムキット副首相が訪日講演
タイのプラユット首相が今夏、断行した内閣改造の目玉は、経済チームの総合責任者にプリディヤトーン副首相に代わってソムキット元財務相を副首相(経済担当)に抜擢(ばってき)したことだった。ソムキット氏はクーデターで全権を掌握した国家平和秩序評議会の経済顧問を務めていたが、そもそもタクシン政権時代に副首相を務めたことのある現政権とは対極にいた人物だった。その異例抜擢されたソムキット副首相がホテルニューオータニ東京の「鶴の間」で演題に立った。
(池永達夫、写真も)
クラスター政策を導入
初外遊を日本に選んだソムキット副首相は27日、財界人など約1200人を前に今後実施を予定している経済政策を説明。とりわけ強調したのは今秋、正式にタイ政府がスタートさせたクラスター政策だった。
クラスター政策とは、バイオやスマートエレクトロニクス、メディカル産業など高度技術を要する次世代産業の受け入れを促進させようというもので、付加価値という発想ではなく、価値そのものを創出する産業の育成に、タイは舵(かじ)を切ろうとしているのだ。
結局、これまでの工業団地など特定の地域に与えられていたゾーン型の投資優遇制度を変更し、高い技術を要する産業そのものを優遇するクラスター型投資優遇制度にすることを宣言する格好となった。
東南アジア諸国連合(ASEAN)は年末、ASEAN経済共同体(AEC)を発足させ、基本的に関税の垣根が取り払われた総人口7億人規模のマーケットが誕生する。さらにASEAN10カ国に日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドの6カ国を含めた計16カ国の自由貿易協定(FTA)の交渉も進行中だ。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が実現すれば人口規模は30億人だ。
タイ政府はこうした時代の動きを読み、ASEANでトップの産業集積地から脱皮し、新産業を牽引(けんいん)する高度技術の集積を図ることでASEANの盟主役を果たそうというのだ。
そのために欠かせないのが日本と中国の投資だ。とりわけ両国にタイが期待するのは鉄道と道路網といったインフラ整備だ。日本へはミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムを結ぶ東西回廊の整備を、中国にはラオスの鉄道建設とバンコク・ビエンチャンを高速鉄道で結ぶ南北回廊の整備だ。このタイを十字路のセンターにして、インドシナ各国を連結する物流網を整備することで、AECやRCEPの中核国家の位置を確保したいという狙いがあるのだ。
そもそもソムキット氏とは、どういう人物なのか。彼はバンコクの華人家庭で10人兄弟の中で育ち、兄はチャワリット内閣(1996~97年)で商業相を務めている。留学先の米イリノイ州名門ノースウエスタン大学のケロッグ経営大学院で博士号を取得。専門はマーケティングだ。世界的に有名なフィリップ・コトラー教授は卓越した教え子の一人としてソムキット氏を挙げ、共同で書いた著作「マーケティング・オブ・ネーションズ」もある。
タクシン政権時代、財務相に就任したソムキット氏は、農民をターゲットとしたマーケティングを展開し、タクシン氏に農民票をプレゼントした経緯がある。それは全ての村落に100万バーツ(約340万円)ずつ融資する開発基金制度と1回30バーツ(約100円)であらゆる医療サービスが受けられる国民皆医療制度などだ。このポピュリスト的な政策は都市住民から反発を買うことになるが、一方で日本の一村一品運動を参考に「OTOP運動」を奨励、農村振興に一役買うことになった。この「OTOP運動」は今でもなお継続されている。
そのソムキット氏が現政権の副首相に抜擢されたのは、財界だけでなく中国など諸外国にもパイプを持っているからでもあった。ただ、ソムキット氏を経済統括担当の副首相に充てるのが、タクシン氏の妹のインラック政権をクーデターで倒したプラユット首相というのは歴史の皮肉だが、タイ最大の課題は政治的安定度の低さであることは間違いがない。