軍事政権タイに急接近する中国

 中国南進の実態は何度も本紙で取り上げた経緯がある。鉄道のないラオスに南北を貫く高速鉄道の建設計画を持ち込んだり、ミャンマーのチャオピューに港湾を整備し、雲南省の昆明まで天然ガスと石油の2本のパイプラインを建設したりといった東南アジアのインフラ整備を請け負うことで、資源を手当てしたり中国製品を売りさばくマーケットへリンクさせながら2国間関係を強化するという政治、経済、安全保障が絡んだ「一石三鳥」の南進政策を中国は展開中だ。(池永達夫)

手を引く欧米の間隙縫う

インド洋への回廊を模索

800

中国カードを切ることで軍政の国際的認知を図ろうとするタイのプラユット暫定首相(右)(AFP=時事)

 とりわけ今年後半、関係強化が顕著となっているのがタイだ。

 タイは5月22日、軍のクーデターでインラック政権は排除された。米国のケリー国務長官は「クーデターは正当化できない」として民主主義に反した軍の政治介入に抗議し、2006年のクーデター騒動の時同様、タイへの軍事支援の凍結を即決した。また欧州連合(EU)のアシュトン外交安全保障上級代表は「極度の懸念」と批判しタイとの協力に関する協定づくりを中止した。

 しかし、欧米ともどもタイの軍事政権に対し、こぶしを振り上げたのはいいが、振り下ろせないでいる現状がある。というのも、こうした欧米の制裁措置を横目に、中国が露骨に入り込み、関係強化に動いたからだ。

 中国はラオスの首都ビエンチャンに隣接するタイ東北部のノンカイとバンコクを結ぶ高速鉄道建設を請け負うカードを切ってきたのだ。中国がこのタイ高速鉄道計画に執着するのは、高速鉄道網をタイからさらにマレーシア、シンガポールへと延伸させ、東南アジアを一体化した「大中華圏」の実現を狙う遠大な構想があるからだ。

 既にラオスの高速鉄道計画は動きだしている。一度、中国への警戒感から振り出しに戻った経緯があるが、粘り腰の中国の執念恐るべしだ。

 そのラオス縦断高速鉄道が完成し、タイの高速鉄道と繋(つな)がれば、北京とバンコクが高速鉄道で繋がる回廊となる道筋ができることになり、後は放っていてもそれを柱に、カンボジアのプノンペンやベトナムのホーチミンに繋がる東西高速鉄道や、マレーシアのクアラルンプール、さらにシンガポールと南北高速鉄道が整備されるのは時間の問題と、中国は読んでいる。枝葉は主軸に合わさざるを得ないからだ。

 そうすれば東南アジア諸国連合(ASEAN)は中国に取り込まれる懸念が高くなる。

 中国は用意周到にも、インドや東南アジアの9カ国など21カ国の合意を取り付け、来年のアジアインフラ投資銀行(AIIB)創設に動きだしている。

 国際通貨基金(IMF)体制主導の日米欧に対抗し、新たな国際金融秩序を構築しようとの野心をむき出しにした格好だ。

 中国国内で行き詰まる国有企業に、アジアのインフラ整備という巨大な市場を提供することで、鉄やセメント、住宅などの冷え込みが激しい中国経済を立て直すカンフル剤にしたい意向だ。また、4兆㌦もの外貨準備を活用することで、「中国シンパ」を増加させアジアを包摂する「大中華」実現に向けたステップにしたい意向だ。

 なお中国がタイの高速鉄道建設にこだわる理由は、もう一つある。

 それは、民主化に舵(かじ)を切ったミャンマー政府が、従来底流にあった中国への懸念から、チャオピューと昆明を結ぶ高速鉄道計画を白紙に戻した代替路線という意味もあるからだ。

 中国にとってミャンマー路線の最大の眼目は、マラッカ・リスクにあった。有事に東部が極端に狭いマラッカ海峡を米軍に押さえられると、中国のエネルギーや物資の補給ルートが危機にひんすることを表すマラッカ・リスクを回避するため、別ルートを担保する戦略的インフラ整備が中国にはあったのだ。

 中国からすると、バンコクまでつながればマレーシアのペナンまで、在来の国際鉄道を使っても運ぶことが可能だ。

 こうした遠大な構想を持ちながら、布石を打ってくる中国を座したまま指をくわえて見ているようだと、いずれ自らの首を絞め付けられかねないのが日本の立場だ。