中東問題、仏に飛び火
アラブ系とユダヤ系の住民対立
イスラエル軍によるガザへの軍事侵攻がエスカレートする中、欧州最大規模のイスラム系、ユダヤ系住民を抱えるフランスで緊張が高まっている。フランス国内ではパレスチナ支持者による抗議デモだけでなく、ユダヤ系過激派集団も活動を活発化させており、フランス内務省は過激派への取り締まり強化を表明している。(パリ・安倍雅信)
内務省 過激派取り締まりに躍起
パリのイスラエル大使館前に7月31日、フランス在住のユダヤ人たちが集まり、正当な防衛を要求した。イスラエル軍によるガザ自治区への軍事侵攻が加速化している中、フランスでもユダヤ人に対する反発が強まっているのを受けてのことだった。
フランスでは23日にはパリ中心部で在仏パレスチナ人、アラブ系住民、社会党や共産党など左派系議員や支持者らが、抗議デモを行った。その前の週には、パリの二つのシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)が襲撃を受け、政府は一連の抗議行動がエスカレートすることを懸念し、21日に抗議行動への非難声明を出していた。
23日に行われたデモ行進では数千人規模の参加者がパリ中心部の沿道を行進した。報道によると同デモ行進は事前に通知され、警察当局とも入念に経路が検討されたとしている。デモ隊が暴徒化し、ユダヤ関連施設に乱入することを避けるためだった。
パリ市内では13日に二つのシナゴーグが投石などの襲撃を受けた他、北郊外サルセルでは抗議デモを行っていた若者が暴徒化し商店が放火され、警察とも衝突した。サルセルで火炎瓶が投げ入れられた商店はユダヤ人が経営する店だった。
パリ北郊外サルセルは、“リトル・エルサレム”とも呼ばれ、世界のユダヤ社会の事実上の二大勢力の一つである“セファルディムのユダヤ人”の居住区として知られる。13日、アラブ系の若者たちはサルセルで抗議デモ行進を行い、暴徒化し、火炎瓶が投げられ、町は煙に包まれた。
この暴動で特に商店や葬儀屋を襲撃した18人が身柄を拘束された。町には路面電車が走っているが暴徒のために運行できず、道路には火炎瓶や投石された石などが散乱し、警官も負傷した。同市のピュポーニ市長は、「過去に見たことのない光景だった。ユダヤ人住民は恐怖に包まれた」と語った。
そのため、23日の抗議デモは「政府にとって大きなテストだった」(日刊紙ルモンド)と指摘されている。表現の自由と反ユダヤ主義取り締まりの狭間で、政府が国民の表現の自由にどのような制限をするのかが注目されていたからだ。デモ当日は参加した左派の各政党や労組の代表、市民団体は独自にプロの警備要員を雇い、暴徒化回避に努めた。
一方、フランス内務省は、フランスのユダヤ防衛同盟(LDJ)が過激派思想を持っていることを受け、同組織の活動禁止を検討していることを明らかにした。同組織は国の公認を受けている団体ではないが、パリのイスラエル大使館前に集まったパリ在住ユダヤ人の中にはLDJによる保護を訴える人もいた。
LDJはユダヤ人自警団を自任し、メンバーは100人から300人程度とみられている。多くは青少年で日頃からイスラエル式の格闘技で体を鍛え、訓練を受けている。2003年にユダヤ民主同盟として活動が禁止された後に組織化され、活動を続けてきたとみられる。彼らの主張はユダヤ人の存在とプライドを取り戻し、泣き寝入りする被害者ではないことを社会に示すこととしている。
しかし、過去、抗議デモなどで起きる暴力事件に、必ずと言っていいほど名前が登場している。13日のパレスチナ支援のデモ行進でも、デモ隊と衝突した。カズヌーヴ仏内相は「憎悪を増幅させる活動に対しては毅然(きぜん)とした態度で臨むという原則を政府として曲げないことが重要だ」と語り、LDJの活動禁止を検討していることを明らかにした。
LDJは、米政府がテロ組織と位置付けている在米ユダヤ組織を手本としており、フランスのユダヤ人団体は、これらの組織とは正式に距離を置いている。ユダヤ代表協議会(CRIF)は「憎悪をあおる彼らは誰からも支持を得ておらず、各ユダヤ団体が彼らに保護を委託した例はない」との声明を出している。
パリ北郊外ボビニーで31日、ユダヤ人の若者が自宅の玄関先で襲撃される事件が起きた。被害者の青年はLDJのメンバーで最近起きたパレスチナ支援デモでの暴力事件に関与していた疑いが持たれていた人物だった。襲撃は凶器を所持した数人のグループによる計画的なもので、捜査が行われているが、イスラム系の若者らによる報復だった可能性が高いとみられている。
捜査当局によれば、襲撃された青年はLDJの先鋭部隊の一人で、襲撃を受けた時、襲撃者の一人から「われわれはユダヤ人をつぶす。イラン・ハリムの時と同じように」と話したという。イラン・ハリムは06年にパリ郊外でアラブ系ギャング・グループに誘拐され、拷問を受けた後に殺害されたユダヤ人青年だ。
フランスには現在、約600万人のアラブ系住民と60万人のユダヤ系住民が住み、いずれも欧州最大規模だ。フランスでは過去にもイスラエル情勢悪化のたびに国内のアラブ系住民とユダヤ系住民の間で対立が起きている。
06年6月にハマス軍事部門カッサーム旅団などによるイスラエル兵誘拐に対しイスラエル軍がパレスチナへ大規模な侵攻を行った時や、08年12月のハマス・イスラエル間の停戦終了後にイスラエル軍による大規模なガザ攻撃が行われた時などに、フランス全土でシナゴーグが襲撃を受け、イスラム教徒の墓地が荒らされるなど緊張が高まった。
しかし、フランスの治安当局者は、今回は過去の状況と違うことを指摘している。理由はシリアやイラクなどで戦闘訓練を受けたフランス国籍のイスラム聖戦主義過激派の若者が多くフランスに帰国していることで、単独テロが起きる可能性が高いからだ。
彼らは組織の指令なしに自分の判断でテロを計画し、個人で実践する可能性が高い。ベルギー・ブリュッセルのユダヤ博物館で今年5月24日に発生した銃乱射事件がそうだった。連日報道されるガザへのイスラエル軍による武力行使を見る聖戦主義の若者が、いつどこでテロを実行するか見えていないことがフランス国民に不安を与えている。