米最高裁で争われる避妊費負担義務化

「信教の自由侵害」と企業経営者

 米医療保険改革法(オバマケア)が再び連邦最高裁判所で争われている。オバマ政権は同法に基づき、企業や団体に対し、医療保険を通じて職員の避妊費用を負担することを義務化。だが、宗教的信念に反する行為を強要されることに反発する一部の企業経営者が訴訟を起こしていた。宗教界や保守派は、リベラルな政策を推し進めるオバマ政権の下で信教の自由がかつてないほど脅(おびや)かされていると危機感を募らせており、最高裁がどのような判断を下すのか、大きな注目が集まっている。(ワシントン・早川俊行、写真も)

信念放棄か巨額の罰金か

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3月25日、米ワシントンの連邦最高裁で開かれた口頭弁論終了後、記者団の前で声明を読み上げる手工芸用品チェーン「ホビー・ロビー」共同創業者のバーバラ・グリーン氏

 「政府が我々に強制する選択は、信教の自由を建国の礎とするこの偉大な国の歴史にそぐわない。ビジネスをしているという理由だけで信教の自由を失うことがあってはならない」

 オバマ政権を提訴している企業は約50社あるが、最高裁で現在審理されているのは、手工芸用品チェーン「ホビー・ロビー」など2社が起こした裁判。先月25日に口頭弁論が行われ、ホビー・ロビー共同創業者のバーバラ・グリーン氏は、最高裁前で記者団にこう語った。

 グリーン氏が夫デービッド氏とともにオクラホマ州の自宅ガレージでビジネスを始めたのは1970年。以来、ホビー・ロビーを全米に550店以上を構える優良企業へと成長させた。敬虔(けいけん)な福音派キリスト教徒であるグリーン夫妻は、常に聖書の教えに忠実な経営を心掛け、稼ぎ時の日曜日を全店休業にしているほどだ。

 従業員を大切にするグリーン夫妻は、同業他社よりは高い賃金や手厚い福利厚生を提供してきた。そんな夫妻がオバマ政権を提訴したのは、避妊行為自体に反対しているからではなく、負担義務化の対象に、宗教的信念上、どうしても許容できない避妊薬・器具が含まれているためだ。

 その中の一つが「モーニング・アフター・ピル」と呼ばれる緊急避妊薬。性交後に服用すると、受精卵が子宮内に着床するのを妨げる作用がある。生命は受精の時点で誕生すると信じる夫妻からすると、緊急避妊薬の服用は受精卵を殺す、つまり中絶に等しい行為と映る。緊急避妊薬を提供することは、夫妻にとって中絶に間接的に加担することを意味するわけだ。

 負担を義務付けられた20種類の避妊薬・器具のうち、グリーン夫妻が提供を拒んでいるのは4種類のみ。その4種類についても、従業員が使用することに反対しているわけではなく、自己負担にしてほしいと主張しているだけだ。だが、企業側には取捨選択の余地はない。もし提供を拒めば、従業員一人につき、一日当たり100㌦(約1万円)の罰金を科される。ホビー・ロビーには1万6000人以上の正社員がおり、毎日の罰金額は160万㌦以上になる。

 このような巨額の罰金を支払いながら経営を続けるのは困難。従って、グリーン夫妻に与えられている選択肢は、宗教的信念を放棄するか、会社経営をあきらめるか、のどちらかだ。

 宗教界の反発を考慮し、オバマ政権は教会や寺院、モスクなど宗教団体は義務化の対象外にしている。また、病院や学校、慈善団体など宗教系の非営利団体にも、不十分ながらも妥協策を提示している。だが、営利企業への配慮は一切無し。経済活動を行う営利企業は公の場に信仰を持ち込むべきではない、との考えからだ。

 これに対し、グリーン夫妻の弁護を担当する「宗教の自由のためのベケット基金」の弁護士、ジョシュア・ホーレー・ミズーリ大准教授は、USAトゥデー紙への寄稿で「オバマ政権は、営利目的のビジネスを始めることは信教の自由を放棄することを意味する、営利企業には政府が反対する道徳的信念に基づいて行動する権利はない、と主張している。これは深刻な誤りだ」と主張した。

 裁判では、①企業も個人と同様、信教の自由を行使する憲法上の権利を有するのか②やむを得ない利益がない限り、政府は宗教行為に実質的な負担を与えてはならないと定めた1993年成立の「信教の自由回復法」が適用されるのか――が主要争点となっている。

 口頭弁論では、保守派判事が企業寄りの見解を示したのに対し、3人のリベラル派女性判事は、宗教的信念を理由に輸血やワクチンの提供を拒否する企業が現れかねないと指摘するなど、オバマ政権寄りの姿勢を鮮明にした。

 グリーン夫妻と親交のある大物福音派牧師のリック・ウォレン師は、ワシントン・ポスト紙への寄稿で、「裁判の結果は全ての米国民に影響を及ぼすだろう。礼拝所の内側でのみ実践でき、日常生活では実践できない宗教など価値のない信仰だからだ」と指摘。オバマ政権が勝訴すれば、信教の自由は「礼拝の自由」に制限され、公の場では経済活動を含め、宗教の実践が許されない風潮が一段と強まると警告した。

 裁判は信教の自由やオバマケア、避妊・中絶など敏感な社会問題が絡み合っているため、幅広い注目を集めている。口頭弁論の日は雪に見舞われたものの、保守・リベラル派双方の活動家が集会を開くなど、最高裁前は騒然となった。判決は6月に下される見通し。