海洋生態系を損なう放射能汚染水の海洋放出

《 持 論 創 論 》

一般社団法人生態系総合研究所代表理事 小松 正之

 政府は8月24日、東京電力福島第1原発の放射能汚染水の海洋放出の風評被害対策をまとめた。風評被害というが、原発の温廃水や海洋放出は海洋生態系への悪影響の実害をもたらす。

 汚染水は数十年かけて、海水で薄める。その際、多核種除去設備(ALPS)で取り除けない放射性物質トリチウム他は法定濃度の40分の1以下にする。

 汚染水の海洋放出は極めて「科学と国際法の問題」である。原発関係者は長年、環境と海洋保護の必要経費を払わず、海を掃きだめにしてきた。

 280度に熱せられた原子炉を冷却した温廃水が放出されると、ウイルス、バクテリア、プランクトンというミネラルなどの無生物を生物に変換する微生物多様性が失われ、海洋生態系が崩壊する。沿岸の海水温も上昇し、海水中の二酸化炭素が大気中に放出される。また、大量の海水を取水排水するパイプ1・5キロへのフジツボや海藻の付着を防ぐため次亜塩素酸ナトリウムという一種の劇薬を使う。数十年間も海洋生態系に悪影響がある。

 英セラフィールド原発の地元住民の魚類消費による放射性物資の蓄積は全量蓄積の半分に上る(英農業食糧省)。仏ラ・アーグ原発の近隣諸国デンマークやスウェーデンや、アイルランドから懸念が表明される。トリチウムは濃縮されないと言う者もいる。しかし、英グラスゴー大学や英環境研究所のデータでは、魚類と貝類で数倍から7000倍に濃縮されたという報告がある。

 福島県沿岸の定置網漁業は9000トン(1980年当)を生産したが原発の出力が増し、反比例し現在ではゼロである。今回の汚染水の海洋放出で沖合漁業にも影響しよう。

 国連海洋法は海洋汚染の防止の目的を掲げる。その国連海洋法の条項(第207条:陸にある発生源からの汚染の防止)に日本の行動は反し、ロンドン・ダンピング条約の趣旨にも合致しないと考える。

 国際海洋裁判所(ITROS)への提訴に関しては、海洋法の第15部「紛争解決」の第290条で差し止めの暫定措置を要求できる。もしITROSが訴訟国の暫定措置を認めた場合、日本は汚染水の海洋放出が不可能になる。不快感を示した中国やロシアが提訴する可能性もある。日本に親近感を有する太平洋諸国も海洋放出を心配している。国際原子力機関(IAEA)は所詮(しょせん)原子力の利用の推進の機関で、海洋放水は世界中どこでもやっているとコメントをしている。

 日本は他国に迷惑をかけずに、「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」(2000年5月)と「ALPS報告書」に基づき、深さ300~1000メートルの地下に埋め、処分する方策が唯一の方法と既に決めている。特に数十年かけて放出というが、その間にALPS報告書で記述される福島の関係者と上記対応に向けた協議や法整備の時間はたっぷりある。

 政府は、国際的な摩擦と不信を生じさせる方法ではなく、科学と国際法に鑑み、国内法を整備し、根本的な解決方法を追求すべきだ。「風評対策」という、その場しのぎではなく福島の漁業と海洋生態系を回復する対策を講じることだ。