トランプ氏阻止は両刃の剣

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき共和党指名ルール変更も

反「クリントン大統領」に道

 共和党主流派は、ドナルド・トランプが党の候補となるのをなんとか阻止しようと必死である。トランプが候補指名に必要な票の半数強を獲得した今、その手段として真剣に語られているのが競合党大会(コンテステッド・コンベンション)である。しかし、それが技術的に可能であったとしても、トランプがそれまでに最多票を獲得していれば、党指導層やエスタブリッシュメントが一般有権者の意思を捻じ曲げたとして、共和党はますます批判を浴び、党は分裂する恐れがある。

 一方、おそらく民主党候補となるであろうヒラリー・クリントンが大統領となれば、共和党は反クリントンで結束する道が開ける。

 共和党、民主党両党ともに、党大会までに1人の候補が大統領候補指名に必要な過半数を確保していない場合は、競合大会あるいは取引大会(ブローカード・コンベンション)と言われる制度が導入される。民主党側では、例えば第2次世界大戦中の大統領として知られるルーズベルトは、1932年には競合大会で選出された。共和党側では、1976年にはジェラルド・フォードは競合大会でロナルド・レーガンを破り、共和党候補となった。

 いわゆる党のボスたちが「裏交渉」で候補を決めるブローカード・コンベンションは今や昔の話で、現代では競合大会となるが、この仕組みでは、1人の候補が過半数を獲得するまで投票が繰り返される。1924年の民主党の党大会で党候補が決まるまでに103回投票が行われたという記録がある。

 党大会で投票するのは選挙人であり、共和党の場合、第1回投票では95%の選挙人が予備選の結果に縛られるが、第2回投票では57%、第3回では81%が予備選の結果に関係なく投票できる。また条件付きながら、それまで大統領候補として予備選を戦ってこなかった人物が党大会で候補となることもできる。

 さらには、党大会での投票ルールはあくまでも党が決めるものであるため、その場でルールを変更することもできる。1980年の民主党の党大会ではテッド・ケネディーが第1回投票から選挙人を縛りから解放することを提案し、現職大統領であったカーターが民主党候補となることを防ごうとした。結局、ルール変更に失敗したが、党大会におけるルール変更が理論上はありうる例である。

 共和党指導層がトランプ指名阻止に必死になるのは、トランプが共和党の理念、さらにはアメリカの価値観に反するからとされる。トランプは、人種差別、ムスリム差別、女性差別や集会で反対発言をする人を追い出せ、殴れと暴力をすすめるかのような発言を繰り返している。環太平洋連携協定(TPP)をはじめ自由貿易に反対、ロシアのプーチン大統領の独裁的姿勢を評価し、さらには天安門事件を「暴動」と述べ、中国政府に同情的な印象を与えた。

 しかし、こうした姿勢や発言にもかかわらずトランプは票を伸ばしてきた。いや、こうした姿勢ゆえに支持を伸ばしているとみるべきかもしれない。通常は民主党に票を入れる有権者の支持まで得ている。トランプ支持の土壌には所得の不平等などに対するアメリカ人の怒り、政治家不信があるのは間違いない。

 しかし、トランプ発言を見ると、それ以外にも理由がある。共和党内にはそもそも根深い孤立主義の流れがある。「自由」貿易はアメリカ人が損をするもの、他国はずるい真似をしていると思うアメリカ人は多い。一方、白人中産階級の所得の伸び悩みが、社会に巣食う人種差別を再び表面化させている。

 冷戦終結後、世界で唯一かけがえのない国、他国が妬みうらやむ超大国となったアメリカは、世界から見くびられたり、尊敬されていないと思い込むと癇癪を起こす。どこにあるかも分からない遠い国の問題にかかわり、他国民のために血を流し、金を使い、そのうえ批判されるのはこりごりである。他国にかかわりたくないが、世界はアメリカに畏怖を示すべきである。こうした思いがトランプの「アメリカを再び偉大な国にする」というテーマ、さらには声高に反対する者を罵るのを歓迎する背景にある。オバマ大統領とは違い、知性ではなく、力で押し返すことを望む。

 共和党指導層は、トランプ支持者の数の多さだけでなく、こうした憤懣、恐れ、苛立ちを抱き、はけ口を求める人が多くおり、そうした人々がトランプを支持することで思いを伝えていることを無視することはできない。そうした思いを反共和党理念、反アメリカの精神と言ってトランプを押しのけようとすれば、多くの共和党支持者ばかりでなく、トランプを支持する無所属や民主党支持者も敵に回すことになる。

 トランプが共和党大統領候補となれば、共和党内は大混乱し、分裂するかもしれない。しかし、トランプを押しのけようとすれば、多くの有権者から見放される。

 追い詰められたこの現状下、クリントンに票を入れるという共和党支持者の声を聞くようになっている。二つの悪い選択肢のうちでは、クリントンのほうがまだましという理屈である。しかし、冷静に計算をすれば、クリントン大統領が誕生すれば、そもそも強かった反クリントン感情が何倍にも大きくなり、共和党は反クリントンでまとまるという計算もある。

(敬称略)

(かせ・みき)