対テロ戦に関与強める米軍、地上戦での役割も拡大

 過激派組織「イスラム国」(IS)がロシア機爆破、パリ同時多発テロと国際テロ活動を拡大するなかで、米軍はISとの戦いを徐々に拡大している。オバマ米大統領は依然として米地上戦闘部隊は投入しないという原則を維持しているが、米軍が地上戦への役割も強化していることは間違いない。(ワシントン・久保田秀明)

「ISとは戦争状態」

イラクで人質救出、幹部拘束へ 国防長官

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シリアとイラクにおける米軍事戦略について米下院軍事委員会で証言するカーター国防長官(手前)とダンフォード統合参謀本部議長=12月1日(米国防総省提供)

 オバマ大統領は主に政治的理由から、米軍部隊をシリア、イラクの長期的地上戦には投入しないという立場を維持してきた。しかし約9000回の空爆にもかかわらず、ISの勢いは衰える兆候を見せず、その国際的脅威はむしろ拡大している。米軍の前線の戦闘司令官は空爆だけではIS掃討は無理だという認識をかなり前から持っていた。ここにきて、オバマ大統領以下米政府の対IS戦への姿勢に明らかに変化が生じている。

 地上戦闘部隊投入は依然としてタブーだが、特殊部隊の投入など米軍の地上戦における役割が拡大しつつあるのだ。これまでは、米軍の陸戦での役割は、イラク治安部隊やシリア反政府勢力など地元戦闘部隊の訓練、装備提供、助言だけだった。

 カーター米国防長官は今月1日、下院軍事委員会で証言し、IS掃討作戦強化のため、米特殊部隊精鋭をイラクに追加派遣することを明らかにした。派遣規模は後方支援要員を含め約200人。現在イラクには約3500人の米兵、軍事顧問が駐留している。同長官は特殊部隊の役割について、「イラク政府軍やクルド人治安部隊ペシュメルガを支援し、ゆくゆくは強襲作戦や人質救出、IS幹部拘束なども行う」と、実質的な地上戦闘活動に関与することを明言した。実際、米特殊部隊はクルド人治安部隊と合同で、10月22日、イラクでISの人質救出作戦を決行し、ジョシュア・ウィーラー米陸軍曹長の戦死という犠牲を払って、約70人の人質を救出した。

 カーター長官は今月9日の上院軍事委員会での証言でも、ISが実効支配するイラク西部アンバル州の州都ラマディの奪還作戦について、イラク軍の訓練、助言に限定されていた米軍事顧問の役割を拡大し、イラク軍地上部隊に同行させるなど関与を強化・拡大する用意があることを明らかにした。イラク政府からの要請があれば、米軍は攻撃ヘリ展開や軍事顧問同行などで米軍独自の能力を駆使してラマディ奪還作戦を支援すると述べた。

 カーター長官は10月23日には、ISがシリア東部などで制圧している石油生産施設や石油製品の供給網への攻撃を強化し、ISを資金面で圧迫していく意向を表明した。ISに対抗する米国主導の有志国連合の司令官に9月に就任したショーン・マクファーランド陸軍中将は、それまで攻撃の標的から外されていた油田、精油所、約1000台のタンクローリーを含む石油密売網への攻撃を積極的に実行した。パリ同時多発テロ後の11月16日にはISの石油タンクローリー116台を破壊した。ISは石油製品密売により1カ月4000万㌦の利益をあげ、石油がその最大の資金源になっているため、その資金源を破壊する作戦だ。

 このように米軍がISへのより積極的な攻勢に出ている背景には、ISの国際テロ活動拡大がある。オバマ大統領は11月、ISを「封じ込めた」と公言していた。その直後にパリで同時多発テロが発生して130人もの死者を出し、ISが犯行声明を出した。カーター国防長官は今月1日の議会公聴会で議員からこの点を問い詰められ、ISを「封じ込めることはできていない」ことを認め、「われわれは戦争状態にある」と明言した。12月2日にはカリフォルニア州サンバーナディーノの障害者福祉施設で死者14人を出す銃乱射テロがあり、ISとの関連性は立証されていないものの、イスラム過激派テロだったことは間違いない。米軍司令官レベルではISの差し迫った脅威の現実は認識されていたが、こうした一連の出来事によりオバマ大統領もその現実を認めざるをえなくなった。

 米軍はシリア、イラクでの戦闘における役割だけでなく、中東の他地域、アフリカ、アフガニスタンなど世界19カ国のISの主要拠点への攻略戦略をも強化しようとしている。デンプシー前米統合参謀本部議長は9月の退任直前に、シリア、イラク域外でISに忠誠を誓い連携する8過激派集団に対して情報収集、特殊作戦を展開できるよう米軍基地網を整備する提案を大統領に提出した。パリ同時多発テロ以来、この提案がより現実味を帯びてきている。